所在地:甲府市湯村町
別 名 :古城
築 城 :大永3年(1523)
初城主:武田信虎
区 分 :山城
遺 構 :土塁,堀切,井戸
城 域 :65m×125m 標高 446m
比高 約150m
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湯村温泉、塩沢寺の背後の山
詳細位置はコチラ
塩沢寺の駐車場を利用
【訪 城】2002年8月
【撮 影】2002年8月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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湯村山城へは、湯村温泉の旅館・明治の横から登るコースと塩沢(えんたく)寺の境内から登る二つのルートがある。また山の東側、緑が丘スポーツ公園からのルートがあるようだが、湯村温泉・塩沢寺からの道が大手のようである。 湯村温泉の旅館の間を通って登り出し、約20分ほどで山頂の湯村山城に着く。湯村山城は大きくは4つの曲輪からなり、主曲輪と考えられる曲輪の中央には南北に仕切り土塁を入れ、曲輪を分割している。この辺りは新府城の三の曲輪と共通した造りである。
主曲輪の周囲には土塁を巡らし、南に平虎口、北側にも虎口を設けているが、北側の虎口は折れを入れ、やや複雑な形状をしていいる。曲輪内には大きな石がゴロゴロとしており、曲輪としては非常に使いづらかったのではないか。また、主曲輪西側には「コ」の字状に土塁を巡らした一画があるが、どういう目的のものか、判断に苦しむ。これが竪堀という見方をする人もあるようだが、とても竪堀には見えなかった。
山頂から南側の眺望はきわめて良く、天気の良い日には甲府盆地が一望出来るだけでなく、富士山も見えるという。 下山は地蔵古墳を経て、塩沢寺に下りる。こちらのルートのほうがよく使われているようだ。
高白斎記には大永3年に湯村山城が築かれたことが記されており、信虎が川田の館から躑躅ヶ崎へ居館を移したのと同時期であり、烽火台として、躑躅ヶ崎館、あるいは古府中防衛の一翼を担った城と考えられている。
一方で、逸見氏時代に築城された湯之島城を改修したもの、あるいは信虎から遡ること2代前の信昌、3代前の信守時代に築かれたという説もある。
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