所在地:笛吹市石和町市部
別 名 : −
築 城 :寛文元年(1661)
初城主:徳川綱重
区 分 :館
遺 構 : −
城 域 : −
|

JR中央本線、石和温泉駅から南に約500m(徒歩10分程度)
詳細位置はコチラ

周囲の道は狭く、駐車余地は石和南小学校横の公園前ぐらいか
【訪 城】2007年8月
【撮 影】2007年8月
|
| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
|

石和陣屋の跡地には、超近代的な石和南小学校が建ち、校門前に陣屋跡を示す石碑が建てられている。
石碑が校門前に建てられているぐらいであるから、遺構などは残されていないが、当時の陣屋門が明治7年(1874)に払い下げられ、近くの八田御朱印屋敷の表門として移築されている。
なお、北西約1kmには武田氏の本拠地ともいえる石和館(川田館)がある。
石和の地は武田氏第5代当主・武田信光が館を構えていた所である。この石和陣屋は、寛文元年(1661)に江戸幕府3代将軍・徳川家光の三男で、甲斐甲府藩主徳川綱重が9万石余の領地を支配し、平岡良辰に命じて陣屋を築かせたのが始まりである。
宝永元年(1704)からは幕府閣僚の柳沢氏の領地となったが、享保9年(1724)に柳沢吉里は大和郡山へ転封となったため、再び石和は幕府天領の代官所となった。
|
|