所在地:北杜市長坂町大八田字新井
別 名 :深草城,深草塁
築 城 : −
初城主: −
区 分 :平山城
遺 構 :堀,土塁
城 域 :50m×130m |

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空地に数台駐車可
【訪 城】2004年8月
【撮 影】2004年8月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

深草館は東衣川と西衣川に挟まれた台地上に築城されており、南北に連なる二つの曲輪で構成されている。
曲輪の周囲には高さ1〜2mの土塁を巡らし、周囲には空掘を配している。東から南にかけての空掘は深さ5m、幅7〜10mと圧巻である。
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甲斐国誌によると、「相伝フ清光ノ臣堀内某居之。子孫堀内下総守ノ子主税助ノ時城陥リ落胆セシト云々。塁湟今モ全ク存セリ」とある。
甲斐国内に戦乱が起きたのは天正10年に武田が滅んだ以後であることから、下総守は元亀・天正年間(1570〜92)以前の人物と考えられている。
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