所在地:高岡市古城
別 名 : −
築 城 :慶長14年(1609)
初城主:前田利長
区 分 :平城
遺 構 :曲輪,土塁,堀,石垣
城 域 :600m×600m
県指定史跡
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JR北陸線の高岡駅の北、約800m
詳細位置はコチラ

専用駐車場を利用
【訪 城】2000年7月
【撮 影】2000年7月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |


高岡城の跡地は高岡古城公園になっており、市民の散歩、あるいはジョギングコースとして親しまれている。
遺構は土塁,掘,石垣等で、多くは残っていないが、その城域の広さに加え、外堀,内堀の占める面積と掘を形成する土塁の高さは特筆される。
慶長14年(1609)3月、加賀百万石の2代藩主・前田利長の居城・富山城は焼失。魚津城に居城を移した利長は、徳川幕府に関野(高岡の旧名)に築城許可を求め、隠居城として築いたのが高岡城である。
高岡城は庄川と小矢部川の扇状地にある丘陵(標高15m程度)に築かれ、曲輪構成は本丸,二の丸,明丸,鍛冶丸、および三の丸の5つの曲輪からなり、御城外とよばれる(大きくは三の丸)を合わせると総面積約21万m2(71,261坪)という広大な城域を有し、その約3割を堀が占める。こうした縄張は当時前田家の客将だった高山右近とされている。
高岡城を築いた利長は、5年後の慶長19年(1614年)5月20日死去(享年53歳)。高岡城はその翌年に発令された一国一城の令により廃城となった。
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