所在地:富士市今泉8丁目
別 名 :
築 城 :室町時代
初城主: −
区 分 :平山城
遺 構 : −
城 域 : −
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詳細位置はコチラ
・駐車:日吉浅間神社の駐車場を利用
【訪 城】2006年12月
【撮 影】2006年12月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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善徳寺城は和田川の河岸段丘上にあり、日吉浅間神社の一帯に築城されていたと推定されている。
日吉浅間神社に隣接する吉原公園では、日吉浅間神社の建つ段丘までの比高差が30mほどあることを確認することができ、善徳寺城が平地にありながらも要害地形を利用して築城されていたことが窺える。
なお、現在の日吉浅間神社は当初吉原公園付にあったが、明治8年に日吉ブラザー付近に移され、さらに昭和42年に現在の地に移築されたものである。
近くにはこの日吉浅間神社以外にも、浅間神社があるので間違えないようにしたい。
善徳寺城は応永14年(1471)今川範政により、富士川以東一の大寺院で、後に今川,武田,北条の三将会盟の舞台となった善徳寺に併設され、今川氏の軍事、政治的拠点の役割を果たしたが、永禄12年(1569)武田氏の駿河侵攻で焼失した。
現在、城の所在地、構造的規模は明らかでなく推定は難しいが、この上和田付近を城山とよび、また鍛治町の地名の名残りで周辺地形から本石垣も含めたこの一帯に善徳寺城が存在したものと思われる。
創築時期は不明であるが、天文年間(1532〜1555)には今川氏の支城であったが、永禄12年頃には北条氏の支城となり、その後武田氏の駿河侵攻で陥落、廃城時期は不明であるが、北条氏時代に河東12塁のひとつの数えられ、富士郡一帯の押さえとして重要視された。
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観光
■山中湖美術館
山梨県山中湖村平野493-81
大人 500円
版画コレクションを中心に展示する美術館で、池田満寿夫、駒井哲朗、シャガール、およびピカソらの芸術家作品が多く展示されている。
■北口本宮冨士浅間神社
山梨県富士吉田市上吉田5558
788年(延暦7)富士の噴火を恐れる人の心を静めるために創建された古社。
本殿の左右には重要文化財の東宮本殿、西宮本殿があるが、東宮は武田信玄が寄進したもの。
■柿田川公園
富士山の雪解け水が、長い年月を経て湧き出してくるもので、素晴らしい自然が残されており、カワセミなど野鳥の観察もできる。なお、柿田川公園は泉頭城の地を整備されたものである。
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