| 横地城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:小笠郡菊川東横地字奥横地 別 名 :金寿城 築 城 :室町初期 初城主:横地氏 区 分 :山城 遺 構 :土塁,堀,井戸 面 積 :1450m×450m 標高 101m 比高 80m 県指定史跡 . |
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県道69号線(上川菊川線)横地地区 道路脇に標識あり ・駐車:山の麓の駐車場に約10台、千畳敷にもあり ・撮影:2001年2月
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【現地の状況】 登り口は幾つかある。 @横地氏一族の墓と伝えられている墓石の横を抜け、藤丸館を過ぎ詰めの城に至るルート(車可) A牛池の横から山道を登るルート(徒歩) B千畳敷下の駐車場から登るルート(徒歩) C上記Bの駐車場近くから千畳敷まで登る(車可) お勧めは勿論徒歩で登るAのコース、約20分ほどで西の城に着きます。 城は中の城を挟んで、東の城と西の城の二つに分かれており、典型的な1城別郭となっている。遺構は東の城のほうがよく残っている。 城域は広く、一騎駆、堀切,土塁,曲輪と見所は多いので、、天気の良い日にゆっくりと時間をかけて楽しみたい。 【城郭の歴史】 平安時代の中頃、奥州の豪族安部氏が背き、前九年、後三年の役と云われる長い乱が起こったが、当時陸奥守であった源頼義は勅命によって、この乱の鎮圧のため奥州に向かった。その子八幡太郎義家も父加勢のために遠江国見付(磐田市)の宿まで兵を進め、折からの長雨に滞在中、当時この辺りに勢力のあった相良太郎藤原光頼の娘との間に出来た子が義家の力によって横地村に住し、初代の横地太郎家永と伝えられている。 また、今から900年の昔から横地氏滅亡までの450年の間、遠江きっての古名族として、東海に君臨した横地氏は、当菊川の横地村が本貫の地であると共に、全国の横地姓の発祥の地でもある。
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