社山城
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【城郭の概要】
所在地:磐田郡豊岡村社山
別 名 :八代山城,水巻城
築 城 :寛和2年(986年)
初城主:匂坂十郎則実
区 分 :山城
遺 構 :土塁・空堀,堀切
面 積 :250m×80m
     
標高 136m





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空堀
曲輪南側の空堀

 県道64号線と県道44号線交差点を北へ700〜800m、村社諏訪神社横から農道へ
・駐車:城址入口1台
・撮影:2001年8月,2004年12月

遺構の保存状態 ★★★
遺構確認し易さ ★★★
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★★

の数の多い方が良い(または、激しい)
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【現地の状況】
 城址入口までは車を乗り付けられる。入り口から山道を、徒歩10分ほどで主曲輪に着く。
この城の西1kmには天竜川を控え、川を渡ると徳川家康の居城・浜松城は目の前であり、武田方にとっても徳川方にとっても重要な城であったことは想像に待たない。
 遺構の保存状態は良く、八幡神社のある曲輪の南側と北側には横堀が配置され、特に南側では横堀と竪堀をあわせた形での遺構が残り、これは武田軍の築城によるものと考えられる。また、東側の尾根には堀切を経て横堀が掘られているが、こちらの横堀の配置は後年の笹が嶺陣城にも見られるもので、徳川軍築城の特徴を表しているように考えられる。いずれにしても面白い城である。


【2004年12月24再訪】
 社山城に新たな道が付けられたという情報を入手したこともあって、3年ぶりに訪ねてみた。北からアプローチ出来るように林道が付けられており、従来の登城口の東側谷筋から登れる。林道終点に駐車スペースが欲しいところである。
南側斜面の城中最大の堀切

 社山城の中核部の印象は3年前に来た時と変わらなかった。今回は支尾根を重点的に廻った。いずれの支尾根も敵の登城を妨害するかのように、尾根を縦に割ったように処理されていることに気がついた。自然崩壊した地形のようにも見えるが、人工的に処理されていることは間違いない。こうした地形も、この城大きな見所である。
南側斜面の遺構は県道61号線を跨いで構築されており、城域は今まで認識していた広さを遙かに越えるものだった。

【城郭の歴史】
 
今川氏滅亡後、徳川家康が支配する遠江に武田信玄が侵攻し、元亀3年には合代島(ごうだいじま)に本陣を構えた。その時にこの社山城を改修する。
 武田信玄がこの城に着眼したのは、家康の居城・浜松城のある三方ヶ原台地に進出するのに、社山城山麓の神員(かんぞ)から天竜川をわたる重要な渡河地点であったと考えられる。
 神員が対徳川の最前線であったことは、重臣・馬場美濃守春信
と北条氏の援軍を布陣させていることからも判る。この後武田信玄は社山城を拠点として二俣城攻めを開始する。

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