宇津山城
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【城郭の概要】
所在地:湖西市入出字正太寺鼻
別 名 :鵜津山城
築 城 :大永4間(1524)
初城主:今川氏親
区 分 :山城
遺 構 :土塁,空堀、石垣,井戸
面 積 :85m×160m
      標高 50m


市指定有形文化財





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土塁の内法に積まれている石垣

 国道301号線を南下、湖西中学先の太田の信号を左折、正太寺鼻へ。
・駐車:正太寺墓地駐車場に約5台
・撮影:2001年7月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
の数の多い方が良い(または、激しい)








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【現地の状況】
 正太寺の背後の山上霊園まで車で登れる。車を停めると城址は目の前だ。
曲輪の中は多少の藪こぎを強いられる。曲輪は、ほぼ方形をしており、北側には高さ1.5mの土塁を巡らしており、内法には野面積の石垣が積まれている。
 墓地を挟んで藪の中にも一部削平地に切岸の上部に石積みを確認できる。宇津山城は1城別郭の城であるとされているが、この藪の一帯が南城か。こちらは雑木,藪が密集しており、深く入ることは出来ない。

 永正3年(1506)頃、今川氏親が三河へ攻略を開始するにあたって築城したものであろう。標高49.5m、町軸を南北に向けた城郭遺構である。南北の長さ240m、中心付近の幅35mで自然地形を巧みに利用して頂部に平坦部を作り出している。現在確認できるのは三の曲輪で東北幅40m、南北長さ35mと、ほぼ正方形の曲輪である。西側は、帯状曲輪になっている。曲輪東側は単なる土塁であるが、北側から西側にかけては、高さ1.5m、上面幅1mの土塁内側に土止め石を積んでいる。また南端の虎口近くに武者走りの遺構が施されている。
湖西市教育委員会 現地案内板より

【城郭の歴史】
 今川氏親は大軍をもって曳(引)馬城に迫り、大河内貞綱以下、巨海(おおみ)・高橋氏らの連合軍を撃破し、元幕府奉公衆の一人であった飯尾氏を招いて曳馬城の他に置き、西遠江および東三河の押さえとした。
しかし三河と曳馬城の間には浜名湖という障害があり、三河へ出陣する将兵の足掛りとするには曳馬城は小さく、また三河境の押さえともならないことから、大永4年、浜名湖西岸の入出(古くは落波)の高山に宇津山城を構築された。

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