| 城の名称 |
所在地 |
概 要 |
お勧め度 |
相良城 |
牧之原市相良
(旧榛原郡相良町相良) |
武田信玄が築城したもので、武田氏滅亡後は徳川氏の直轄地とされた |
★★ |
| 勝間田城 |
牧之原市切山字小山段
(旧榛原郡榛原町切山字小山段) |
南東尾根に掘られた5条の畝状堀切が、見所(町指定史跡) |
★★ |
| 穴ケ谷城(勝間田城) |
牧之原市中
(旧榛原郡榛原町中) |
東曲輪の東側谷筋に切った4条の竪堀は見事(町指定史跡) |
★★ |
| 滝堺城 |
牧之原市片浜
(旧榛原郡相良町片浜) |
武田信玄が馬場美濃守氏勝に命じて築城させた(町指定史跡) |
★★ |
| 滝堺古城 |
牧之原市片浜字坂井小字坂井谷
(旧榛原郡相良町片浜字坂井小字坂井谷) |
滝堺城の南約1kmにあり、勝間田城の出城とされている |
★★ |
| 大鐘屋敷 |
牧之原市片浜字大磯小字海戸
(旧榛原郡相良町片浜字大磯小字海戸) |
沼田街道に面し、近郷を支配した大庄屋・大鐘氏の屋敷。大鐘氏の祖先は越前で賤ヶ岳の戦いでは秀吉方として山路将監等と共に堂木山砦に布陣した(国重要文化財) |
★★ |
| 龍眼山城 |
牧之原市細江
(旧榛原郡榛原町細江) |
現在では榛原公園となっている |
★ |
小山城 |
榛原郡吉田町片岡能満寺山 |
武田氏が高天神城を攻略のために築城、三重の空堀は見事 |
★★ |
諏訪原城 |
榛原郡金谷町菊川字城山 |
武田氏・馬場美濃守氏勝の傑作(国指定史跡) |
★★★ |
| 火剣山砦 |
菊川市富田字叶薬師
(旧小笠郡菊川町富田字叶薬師) |
徳川家康が諏訪原城攻撃に際し築いた付城。目前に諏訪原城を望み、付城として、これほど臨場感のあるところも珍しい |
★★ |
| 富田城 |
菊川市富田字長行平
(旧小笠郡菊川町富田字長行平) |
武田軍と徳川軍による諏訪原城や、高天神城の争奪に伴い築かれ、利用された城 |
★★ |
| 潮海寺遺構 |
菊川市潮海寺字堂橋
(旧小笠郡菊川町潮海寺字堂橋) |
徳川家康が諏訪原城攻撃に際し築いた付城ではないかとされる |
★ |
| 堀田城 |
菊川市西方字堀田
(旧小笠郡菊川町西方字堀田) |
連郭式の中世山城として、見事な遺構が残されており、山城好きにはたまらない |
★★ |
| 黒田代官屋敷 |
菊川市下平川
(旧小笠郡小笠町下平川) |
黒田氏邸ほど広く完全に長屋門や敷地・環濠の遺構を残しているものは数少ない。(国指定文化財) |
★★ |
| 堤城 |
菊川市下平川堤
(旧小笠郡小笠町下平川堤) |
松井氏は永正11年に今川氏から二俣城に移るように命ぜられ、間もなく廃城となる |
★ |
| 横地城 |
菊川市東横地
(旧小笠郡菊川町東横地) |
東の城と西の城に分かれており、典型的な1城別郭(県指定史跡) |
★★ |
| 徳山城 |
榛原郡中川根徳山 |
標高1083m無双連山の山頂にあり、見事な土塁が残っている |
★★ |
| 石上城 |
榛原郡川根町笹間 |
尾根上にあって、連郭式に曲輪を配置した山城(町指定史跡) |
★★ |
小長井城
(小長谷城) |
榛原郡本川根藤川 |
武田氏の丸馬出が見事に残るだけでなく、この馬出は "重ね馬出" というおまけつき(町指定史跡) |
★★★ |
| 久野城 |
袋井市鷲巣上末本 |
小さな丘に築城された城で、縄張りなどが非常に判りやすい |
★★ |
| 本庄山砦 |
袋井市春岡字春日山 |
ここまで見事な遺構があると、砦というよりも城と云った方が適切だ |
★★ |
| 馬伏塚城 |
袋井市岡山
(旧磐田郡浅羽町岡山) |
家康が高天神城攻略の作戦本部と位置づけて改修した城(町指定史跡) |
★★ |
岡崎の城山
|
袋井市岡崎 |
馬伏塚城と大須賀城のほぼ中間に位置しており、高天神城をめぐって徳川方、武田方のいずれかが改修 |
★★ |
| 平芝陣屋 |
袋井市浅羽町浅羽 |
|
★ |
| 天方城 |
周智郡森町向天方 |
武田氏による遠江攻略の拠点、周囲に巡らされた空堀が見所
|
★★ |
| 飯田城 |
周智郡森町上飯田 |
永禄12年、徳川家康に天方城と共に攻められて、廃城となる |
★★ |
| 片瀬城 |
周智郡森町片瀬 |
連郭式城郭で長さ800mに及ぶ城域であったが、第二東名の建設に伴い主要部分が失われている |
★ |
| 白山城 |
周智郡森町城下字白山 |
天方城の支城か |
★★ |
| 社山城 |
磐田市社山
(旧磐田郡豊岡村社山) |
武田氏と徳川氏による築城が見られ興味い城である |
★★★ |
| 仲明城 |
磐田市敷地字仲明
(旧磐田郡豊岡村敷地字仲明) |
コンパクトな城ながら、なかなか巧み縄張りで、位置的には二俣城や社山城に近いだけに興味深い城である |
★★ |
| 亀井戸城 |
磐田市下野部亀井戸小字西浦
(磐田郡豊岡村下野部亀井戸小字西浦) |
元亀3年武田信玄が二俣城を攻撃した際に本陣とした可能性が考えられている |
★★ |
| 長者屋敷 |
磐田市匂坂上字大土居 |
磐田原台地の西端に築かれた匂坂氏の居城 |
★★ |
| 匂坂城 |
磐田市匂坂上字大土居 |
磐田原台地の西端に築かれた匂坂氏の居城 |
★ |
| 見付端城 |
磐田市見付宿町 |
大見寺の境内に土塁が残されている |
★★ |
| 城之崎城 |
磐田市見付字城山 |
山住神社の一角に櫓台と考えられる高台が残る、また、山住神社と城山中学との間に空掘の一部が残る |
★★ |
| 八幡平の城 |
御前崎市新野
(旧小笠郡浜岡町新野) |
武田軍が高天神城への通路とした俗称、武田街道を押さえる位置にある |
★★ |
| 比木城山 |
御前崎市比木
(旧小笠郡浜岡町比木) |
曲輪は茶畑になっているが、一旦斜面を降りると堀切,竪堀を楽しめる |
★★ |
| 殿ノ山城 |
御前崎市比木
(旧小笠郡浜岡町比木) |
一部の曲輪には石積みも見られる |
★★ |
| 横船城 |
御前崎市上朝比奈字横船
(旧小笠郡浜岡町上朝比奈字横船) |
武田軍が信州街道を確保するために修築した可能性もあるとされている |
★★ |
| 釜原城 |
御前崎市新野
(旧小笠郡浜岡町新野) |
信州街道(塩の道)沿いに築城されて城のひとつ |
★★ |
| 高橋の城 |
御前崎市新野字天ケ谷
(旧小笠郡浜岡町新野字天ケ谷) |
武田氏による築と云われており、堀底道や土橋の取付位置など横矢に工夫が見られる |
★★ |
| 舟ヶ谷城 |
御前崎市新野
(旧小笠郡浜岡町新野) |
八幡平ノ城と連動して機能していたのか |
★★ |
| 朝比奈城 |
御前崎市朝比奈南
(旧小笠郡浜岡町朝比奈南) |
城についての詳細は不明で、単純な縄張りながら実践的な城である |
★★ |
| 城ヶ峯 |
御前崎市名波谷
(旧小笠郡浜岡町名波谷) |
狼煙台であったと言われ、相良方面と浜岡町の諸城を繋ぐ目的で使用されたか |
★ |
| 掛川城 |
掛川市城内 |
本格木造によって、三層四階の天守閣が復元(県指定文化財) |
★★ |
| 高藤城 |
掛川市細谷殿ヶ谷城ノ段 |
城郭の大部分はゴルフ場に開発されて、遺構の一部が残るのみ |
★ |
| 美人谷城 |
掛川市上西郷字美人谷 |
茶畑により地形の改変を受けているが、切岸、2条の連続堀切などの遺構が残る |
★★ |
| 水垂城 |
掛川市水垂字別所 |
広い城域の城であったが、造成されて山のほとんどが消失、真昌寺を中心とした地形からその広さが推察出来る |
★ |
| 滝ノ谷城 |
掛川市上西郷字滝ノ谷 |
峻険な山の地形を利用した戦国初期の山城 |
★★ |
| 倉真城 |
掛川市倉真字山崎鎮守 |
世楽院境内を主曲輪として、西と東に空堀が残存 |
★★ |
横須賀城 |
掛川市松尾町
(旧小笠郡大須賀町松尾町) |
土塁と石垣の残る平山城で、気軽に城巡りを楽しめる(国指定史跡) |
★★ |
| 三井砦 |
掛川市大阪三井
(旧小笠郡大東町大阪三井) |
徳川氏が高天神城攻略する際の付城のひとつ |
★ |
| 高天神城 |
掛川市土方
(旧小笠郡大東町土方) |
「高天神を征するものは遠江を制す」といわれた堅城(国指定史跡) |
★★★ |
| 獅子ヶ鼻砦 |
掛川市大石
(旧小笠郡大東町大石) |
徳川氏が高天神城攻略する際の付城のひとつ |
★★ |
笹ヶ嶺御殿
(小笠山砦) |
掛川市入山瀬字小笠山
(旧小笠郡大東町入山瀬字小笠山) |
徳川氏が高天神城と掛川城攻略のためだけに造った城、高天神城攻略の6砦のひとつ |
★★★ |
| 火ヶ峰砦 |
掛川市上土方字番場
(旧小笠郡大東町上土方字番場) |
徳川氏が高天神城攻略する際の付城のひとつで、大須賀康高の持口とされている |
★★ |
| 安威砦 |
掛川市上土方字青谷
(旧小笠郡大東町上土方字青谷) |
火ヶ峰砦の南に隣接し、大須賀康高が本陣としたとされる |
★★ |
| 能ヶ坂砦 |
掛川市能ヶ坂
(旧小笠郡大東町能ヶ坂) |
徳川氏が高天神城攻略する際の付城のひとつ |
★★ |
| 宇峠城 |
掛川市上佐束字小貫
(旧小笠郡大東町上佐束字小貫) |
訪れる人もなく、切岸には人の足跡すらほとんどなく、感動もの |
★★ |
| 犬居城 |
浜松市春野町堀之内
(旧周智郡春野町堀之内) |
峻険な山頂に築かれており、虎口全面の馬出状曲輪が武田氏による修築の可能性を窺わせる(県指定史跡) |
★★ |
| 勝坂砦 |
浜松市春野町勝坂字猪ノ鼻 |
天野氏が最後まで抵抗を試みた城(町指定史跡) |
★★ |
| 水巻城 |
浜松市佐久間町中部
(旧磐田郡佐久間町中部) |
宥泉寺の辺りであると云われているが、遺構などは残っていない。 |
★ |
| 鶴ケ城 |
浜松市佐久間町浦川
(旧磐田郡佐久間町浦川) |
横堀,竪掘および掘切との組み合わせは興味深い
|
★★ |
| 高根城 |
浜松市水窪町地頭方
(旧磐田郡水窪町地頭方) |
武田軍が信濃より青崩峠を越えて南下に使った信州街道を押さえる |
★★ |
| 大平城 |
浜北市大平 |
三嶽城(引佐町)を本拠とする井伊氏の支城のひとつとして築かれた |
★★ |
| 浜松城 |
浜松市元城町 |
徳川家康が駿遠攻略の拠点として築いた城(市指定史跡) |
★★ |
| 曳馬城 |
浜松市元城町 |
遠江経営に乗り出した家康が当初居城とした城 |
★★ |
| 鴨江城 |
浜松市鴨江4丁目 |
鴨江城は南北朝時代の南朝方三岳城の支城で、平安時代以来の寺の大伽藍を利用した城と考えられている |
★ |
| 千頭峯城 |
浜松市三ヶ日町摩訶耶
(旧引佐郡三ヶ日町摩訶耶) |
南北朝の昔宗良親王を奉じて奮戦した井伊氏の西方における南北朝最大の拠点 |
★★ |
| 三岳城 |
浜松市引佐町三岳
(旧引佐郡引佐町三岳) |
井伊彦根藩・藩祖出生の地、井伊谷一帯を治める井伊氏の本城(国指定史跡) |
★★ |
| 井伊城 |
浜松市引佐町井伊谷
(旧引佐郡引佐町井伊谷) |
彦根藩の祖・井伊氏の居城 |
★★ |
| 刑部城 |
浜松市細江町中川
(旧引佐郡細江町中川) |
家康の遠江侵攻と共に菅沼氏が守った |
★★ |
| 宇津山城 |
湖西市入出字正太寺鼻 |
今川氏親が三河へ攻略を開始するにあたって築城したものとされている |
★★ |
| 佐久城 |
浜松市三ヶ日町都筑字西平
(旧引佐郡三ヶ日町都筑字西平) |
徳川氏の城でありながら、武田の特長である丸馬出に似た馬出が見られる興味深い城(町指定文化財) |
★★ |
| 野路城 |
浜松市三ヶ日町野地字城
(旧三ヶ日町野地字城) |
広大なミカン畑の中に縦横に走る水堀が当時を偲ばせる |
★★ |
| 日比沢城 |
浜松市三ヶ日町比沢字城下
(旧三ヶ日町日比沢字城下) |
枡形虎口がきれいに残っている |
★★ |
二俣城 |
浜松市天竜区二俣町二俣 |
天竜川沿いに南下した武田信玄は二俣城を落とすことで遠江への橋頭堡とする |
★★ |
鳥羽山城 |
浜松市天竜区二俣町 |
鳥羽山城は現在鳥羽山公園となっており、春の桜の季節には大勢の花見客で賑わう |
★★ |
| 和田ヶ島砦 |
浜松市天竜区二俣町 |
鳥羽山城,毘沙門堂砦等と共に二俣城攻略のために徳川方によって築かれた付城 |
★★ |
| 毘沙門堂砦 |
浜松市天竜区二俣町 |
鳥羽山城,和田ヶ島砦等と共に二俣城攻略のために徳川方によって築かれた付城 |
★★ |
| 篠ヶ嶺城 |
浜松市天竜区春野町豊岡字篠嶺 |
犬居地方を領した天野氏の支城(町指定史跡) |
★★ |
| 光明城 |
浜松市大谷 |
元亀年間に甲斐・武田氏の支城として城番が置かれた |
★★ |