所在地:伊豆市土肥字大藪
別 名 : −
築 城 :文治5年(1189)
初城主:朝倉氏
区 分 :山城
遺 構 :空堀,堀切
城 域 :200m×300m
比高 100m程度
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(国道136号線から県道17号線(沼津土肥線)に入り500m
詳細位置はコチラ
駐車:土肥漁港に駐車 10台程度
【訪 城】2003年2月
【撮 影】2003年2月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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土肥の町の中心部から北へ行った土肥漁港の背後、諏訪神社の祀られている山の山頂付近に高谷城の主曲輪は位置している。
主曲輪の周囲に同心円を描くように多角形の削平地が3〜4段配置されている。
主曲輪から南西に延びる尾根には大堀切がある。大きさ及び形状からして堀切と云うよりも空堀と云った方が適切である。空堀を経て藪の中に階段状の削平地が認められる。
また、主曲輪から北西に延びる尾根には谷筋に階段状の削平地と横堀が認められる。全体的にこのあたりには階段状の削平地があちこちに認められ、空堀周辺の削平地が空堀に付随した遺構かどうかを判断するのは非常に難しい。
主曲輪のある丘陵地から道を挟んで海側にも丘陵地ががあり、駿河湾を一望できる。北条水軍の城として考えた場合、この丘陵地も城域と考えられるが、削平は不十分で自然地形に近い。民家に近い尾根の南側に堀切状の地形が認めらられる。
この高谷城は3カ所にわたって横堀、または堀切を確認できるが、その他の遺構は削平地だけというきわめて特殊な遺構である。
詳細不明
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