千頭峯(せんとうほう)城
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【城郭の概要】
所在地:引佐郡三ヶ日町摩訶耶
別 名 : −
築 城 :南北朝期
初城主:奥山氏
区 分 :山城 
遺 構 :土塁,空堀
面 積 :250m×200m
      標高 120m
      比高 100m























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本曲輪



縄張り図

国道301号線三日池交差点摩訶耶寺方面へ
・駐車:路上駐車
・撮影:2001年8月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
の数の多い方が良い(または、激しい)








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【現地の状況】
 千頭峯城は摩訶耶寺裏山に位置しており、林道が摩訶耶寺の北側から城址下300mの地点を通っている。
 林道に車を置いて10分余り登ると、西曲輪と東曲輪への岐路に出る。直進すると西曲輪を経て本曲輪に至る。右手にとると東曲輪〜本曲輪へと出る。
 道を右手にとって東曲輪側から登る。東曲輪から急な斜面を5分も登ると、本曲輪に着く。本曲輪にはは雑木などもなく、草も刈られていて全貌は分かりやすいが、土塁などの遺構はない。西の曲輪の周囲には土塁が築かれ、見所のひとつといえる。

【城郭の歴史】
 この城山は、大福寺の古記録瑠璃山年録残篇に記されている千頭峯城で、この城は南北朝の昔宗良親王を奉じて奮戦した井伊氏の西方における南北朝最大の拠点、千頭峯本城の跡である。
 守将は井伊氏一族の奥山朝藤といわれ南朝方の廷臣や浜名神戸庄庄官県氏、大江氏を始め勤王の将士数百騎で籠城した。
 北朝方の武将、高師兼は大軍を率いて三ヶ月間の攻撃を加え暦応二年(1339)十月三十日落城した。
 本城は昭和十五年に専門家の合同調査により鶴翼型の典型的な山城で、規模も大きく、当時の塹壕塁段砦井戸などはっきりと残っており、山城跡としては、全国的にも代表的なものといわれる。
三ヶ日教育委員会,千頭峯城史蹟保存会 現地案内板より

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