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【城郭の概要】
町指定史跡 |
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・国道362号線の平木大橋を渡り、500〜600m北で気田川と杉川との合流点付近で左折し、木の子島キャンプ場へ 詳細位置はコチラ ![]() ・駐車場は民家の空地を利用させていただいた ・撮影:2008年3月
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【現地の状況】 篠ヶ嶺城は気田川に沿って勝坂を経て水窪に抜ける間道にあって、気田川左岸の比高100mほどの山上に築かれている。 篠ヶ嶺城へは、国道362号線の平木大橋を渡り、500〜600m北で気田川と杉川との合流点付近で左折し、木の子島キャンプ場に向かう。約2kmほど走った右手の赤い橋を渡る。 赤い橋を渡ると2軒ほどの民家がある。篠ヶ嶺城は民家からは東方に位置しており、気田川の下流に向かって民家の庭を抜けた茶畑から山中に入る。 狭いがしっかりとした山道を15分ほども登ると、右手に横堀が出現する。ここからが篠ヶ嶺城の城域である。斜面を登ると前衛の二の曲輪を経て主曲輪に至る。 主曲輪背後は急峻な崖を利用して堀切を入れている。堀切を超えて更に尾根を進むと、一般的には「犬戻り」、あるいは「猿戻り」ともいわれる痩せ尾根になる。高天神城(静岡県掛川市)や本栖城(山梨県南都留郡富士河口湖町)など、幾つかの山城の犬戻りを見てきたが、この篠ヶ嶺城ほど険しい尾根は初めて、足がすくんでしまった。(^^;
【城郭の歴史】 篠ヶ嶺城は天野氏の支城で、気田川流域北部に対する備えとして築かれ、天野氏の支流民部小輔景貞の子安芸守虎景、および宮内右衛門藤秀が在城し、藤秀の子景貫が犬居城に本拠を移した後、一族の和田河内守秀長が在番した。 |
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