匂坂(さぎさか)城
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【城郭の概要】
所在地:磐田市匂坂上字大土居
別 名 : −
築 城 :天文元年(1532)
初城主:匂坂長能
区 分 :平城
遺 構 : −
面 積 : −







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匂坂城の跡地に建つ石碑

県道44号線から県道374号線(浜松袋井線)に乗り換え匂坂上地区
詳細はコチラ 
・駐車:路上駐車
・撮影:2005年2月

遺構の保存状態 ★☆☆
遺構確認し易さ ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
の数の多い方が良い(または、激しい)
【現地の状況】
 磐田原台地から約500m西、天竜川氾濫域に築かれている。現在では畑地となり遺構は何も残されておらず、岩田小学校のグランド南側の畑地の中に石碑が建つのみである。

【城郭の歴史】
 遠江の国人領主匂坂氏の居所としたところで、天文元年(1532)匂坂筑前守六郎五郎長能は社山城を菅沼重左衛門定平と交代し、本領匂坂に城を構築した。また社山城より、若宮八幡社を匂坂城に移し鎮守とした。元亀2年(1571)3月武田信玄の高天神城攻めの時、同月3日小田末,匂坂,宮口の三城が落城した。
 遠江に進出した武田信玄は匂坂城を落とし重鎮・穴山梅雪を置いて守らせていた。この頃の匂坂城は武田軍の二俣城攻めに際し、掛川と浜松を分断する大きな役割を果たしていた。
現地案内板より

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