
県道261号線と国道362の交差点四ツ角の信号を261号線に沿って南東に600〜700m
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・駐車:路上駐車
・撮影:2003年10月

| 遺構の保存状態 |
★★☆ |
| 遺構確認し易さ |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★の数の多い方が良い(または、激しい)
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【現地の状況】
三河〜遠江・三方原に通じる姫街道を押さえる位置にあり、都田川と刑部沢に東〜北側を守られるように築城されている。
比高30〜40mの小さな小山であるが、周囲は切り立った崖状で斜面を登るのは骨がおれる。唯一金山神社側からはなだらかな斜面となっている。
金山神社から登るとすぐに削平された曲輪に出るが、藪が密生して自由に遺構を見て廻ることは出来ない。
南西斜面には井戸が残る。素堀の井戸で周囲に土止めの石垣を組んだものであるが、深さも深く十分に見応えがある。
なお、三方原の戦い後、武田信玄がしばし滞在したとされる刑部城とは別のもので、信玄の築いた刑部城は消滅したとされる。
【城郭の歴史】
「城敷」と呼ばれる一画で、家康の遠江侵攻と共に菅沼氏が守った、
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