大津城
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【城郭の概要】
所在地:島田市野田城山
別 名 :野田城
築 城 :観応2年(1351)
初城主:佐竹兵庫助
区 分 :山城
遺 構 :曲輪,空掘,竪堀
面 積 :200m×50m

 比高 120m






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北支尾根の切岸

 藤枝バイパス野田IC北側、中央公園内島田市バラの丘公園背後の山
詳細はコチラ 
・駐車:藤枝バイパス横の空地に路上駐車
・撮影:2005年2月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
の数の多い方が良い(または、激しい)
【現地の状況】
 大津城は大津谷川が造る大津谷の入口付近に位置している。大津城は従来約2km北の慶寿寺境内の今川の段と称される丘陵地と比定されていたが、最近では、今川の段説は否定されている。

 藤枝バイパスの野田ICの北、中央公園の東側に位置する独立した比高100mほどの山の山頂付近一帯に築城されている。この山の周囲はなかなか険しく、登城口が見つからないまま、南斜面、バイパス横から登る。10分足らずで東西に走る尾根に出るが、この間堅堀らしきもの幾つかある。自然地形か人工地形か、意見の分かれるところであろう。
 尾根から4段の曲輪地形を経て主曲輪に至る、階段状の曲輪の削平状態がよいのに比べると山頂の主曲輪は自然地形に近く、とりとめがない。北側斜面は茶畑として開墾されており、遺構は見つけにくい。
 下山は登城ルートを探して、北斜面から西、南と探すが、道は途中で消失して、本来の登城ルートがどこか特定出来ない。野田IC側に下りる東側尾根にも道筋はあるが、下までしっかりとした道があるのかどうかは未確認。
 
【城郭の歴史】
 安倍城に籠もる佐竹兵庫助,中山三郎左衛門尉らが今川軍に攻め落とされて駿河西域にある大津荘の山中に退去して築城したのが大津城である。
 その後、観応3年8月20日伊達景宗に攻撃され、20日間にわたる激戦の末、同年9月8日に落城した。

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