奥池ケ谷(おくいけがや)城
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【城郭の概要】

所在地:静岡市奥池谷城山
別 名 :池谷城
築 城 :歴応3年(1340)
初城主:友任氏
区 分 :山城 
遺 構 :堀切,石垣,井戸
面 積 :350m×50m
     標高 362m 
     比高 250m




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西側曲輪の石積み

・交通:県道29号線奥池ケ谷地区
・駐車:路上駐車
・撮影:2002年1月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆

の数の多い方が良い(または、激しい)











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【現地の状況】
  奥池ケ谷城は中河内川がせり出した山を迂回する形で大きく蛇行するこの山の山頂部一帯に築城されている。三方を中河内川で天然の堀としているため、城へのルートは安倍街道(現在の県道29号線)が通る南側からの尾根以外にはない。まさに要害の地に築城されていると云える。

 登城口には車を2台ほど止めるスペースがあり、そこに小さな案内板があるが、車が止められていると隠れて見えないので、見逃さないように注意が必要。
 安倍街道から50mほど山中に入ると、小さな尾根に幅6〜7mの横堀が掘られている。城内に向かっては堀底から3mほどの高さがある。この堀は山中に入ってすぐのことなので遺構だとは気がつきにくい。
 横堀を越えると道はすぐに傾斜を増し、斜度約35度の狭い尾根筋を直登すること約20分で堀切に出る。この間の尾根筋両側は急斜面で中河内川に落ち込んでおり、幅10m前後のこの尾根筋を登る以外にルートはない。
 山頂までに幾つかの曲輪があるが、いずれも小さく削平は不完全なものが多い。山頂の曲輪は南北10m×東西30mほどで見るべき遺構もない。

 山頂から西側斜面には等圧線の鉄塔が建てられており、遺構の一部は崩されているが、更に西側には階段状の曲輪が4段続き、きれいに削平されており、曲輪の切岸部には石積みが見られる。山頂付近の曲輪は戦闘時に使用され、この西側曲輪は平時に使用されていたものと考えられる。

【城郭の歴史】
 詳細不明。
今川氏の城のうち、石垣が見られるのは宇津山城とこの城だけで、今川氏の城を考察する上で貴重な存在であるとされる。

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