野地城
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【城郭の概要】
所在地:引佐郡三ヶ日町野地字城
別 名 :宮崎城
築 城 :天正11年(1583)
初城主:徳川家康
区 分 :平城
遺 構 :水堀
面 積 :
350m×200m








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野路城の位置する岬

 国道362号線野地の信号南入り、かんぽの宿の路地を湖側に入る
・駐車:路上駐車
・撮影:2001年11月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
の数の多い方が良い(または、激しい)

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【現地の状況】
 野地城は猪鼻湖に突き出た岬の先端に位置しており、城域はそのほとんどがみかん畑となっている。しかし遺構として内堀,外堀が今でもみかん畑の中のあちこちに残っており、その城域の広さを推察するには十分である。 
また、現地には"城"、"御殿"、御馬屋"、"裏門"および "蔵東" 等の字名が残っている。 

【城郭の歴史】
 野地城は今川時代、浜名湖北部を支配していた浜名氏の本拠・佐久城の支城として、古くから存在していたといわれている。
 徳川家康が浜名湖沿岸を支配する際に佐久城を改修して本田平八郎忠勝をいれるが、佐久城が手狭であったため天正11年(1582)に本田百助信勝,上村庄右衛門らに普請を命じ野地城を築城させている。

 1583年(天正11年)徳川家康の武将本多平八郎忠勝・本多百助信勝等が築城し、1680年(延宝8年)までの96年間存在した。戦国末期の形式を残す湖岸の代表的な平城である。
現地案内板より

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