所在地:沼津市長浜
別 名 : −
築 城 :室町期
初城主:後北条
区 分 :平山城
遺 構 :土塁・堀切・曲輪
城 域 :30m×180m
標高 約30m
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口野で国道414号から県道17号(沼津土肥線)に入り、内浦長浜
詳細位置はコチラ
・駐車:港湾空地を利用
【訪 城】2002年2月、2006年12月
【撮 影】2006年12月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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北条軍の水軍の城として機能していた城で伊豆半島の付け根に位置し、海岸線が入り組んだ自然の良港・内浦湾に付き出した岬の先端に築城されている。
内浦漁港の空地に車を止め、小さな鳥居をくぐって登ると 5分足らずで、岬突端の主曲輪に着く。この間岬の南から北端の主曲輪まで、3つの曲輪を直線的に配置し、各曲輪間に堀切を入れている。
北端の主曲輪北側には一段高い櫓台がある、物見台として機能していたとも考えられる。ここから見下ろす内浦湾の景色は絶景である。
主曲輪から北東に延びる支尾根に築かれた階段状の曲輪は、港を見下ろす位置にあり連絡といった機能を担っていたのか。
主曲輪を中心に石積みとコンクリートが見られる。これは以前、別荘が建てられていた名残である。
おそらく石積みの大部分は別荘として利用されていた当時のものではないかと考えられるが、主曲輪南側の堀切下部にある石積みは当時のもののようでもある。どこまでが後世のものか判断しがたい。
内浦湾の奥深く、長浜と重須(おむす)の境界の海上に細長く突出した小丘陵を利用して築かれ、標高30m余の小規模な城だが、室町から戦国期にかけて、後北条氏の伊豆における水軍基地の一つとして重要視された海賊城である。
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