見付端(みつけは)城

【城郭の概要】
所在地:静岡県磐田市見付宿町
別 名 :端城,遠府城
築 城 :室町時代初期
初城主:今川氏
区 分 :平城 
遺 構 :土塁
面 積 : −
     






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整備されている二の丸

 国道1号線富士見町西の交差点を斜め右に入り、磐田北少学校
詳細位置はコチラ 左メニュー付き
・駐車:大見寺駐車場を利用、5〜6台
・撮影:2005年2月

遺構の保存状態 ★★
遺構確認し易さ ★★
体力消耗度
お勧め度 ★★
★の数の多い方が良い(または、激しい)
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【現地の状 
 見付端城は現在の大見寺、磐田市立見付公民館、およびおよび岩田北小学校一帯に築城されていたが、現在では大見寺の境内の南側と西側に土塁を残すだけとなっている。 大見寺には元禄11年(1698)の絵図が残されており、この絵図には大見寺周囲、および北の館(二の丸)周囲に土塁が描かれている。
 発掘調査では大規模な堀跡も検出されているというが、現状からは窺い知ることは出来ない。磐田市立見付公民館前に見付端城の石碑が建てられている。
なお、境内墓地には後陽成天皇第八皇子 知恩院宮門跡 良純法親王の墓がある。

【城郭の歴史】
 見付端城は今川氏により築かれ、遠江守護の拠点として機能していたが、永禄12年徳川家康の遠江進出により、見付周辺は家康の支配するところとなる。


大見寺所蔵の絵図





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