小瀬戸城
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【城郭の概要】
所在地:静岡市小瀬戸字向山
別 名 : −
築 城 :南北朝末期
初城主:朝比奈氏
区 分 :山城 
遺 構 :堀切,竪堀
面 積 :250m×100m

標高 130m
比高 約100m






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主曲輪西側の堀切

【現地への案内】
 県道207号線を藁科川に沿って西上、小瀬戸地区で第二東名と交差する先の小瀬戸入口交差点を左折、第二東名の東側
詳細はコチラ 
【駐車場空地を利用
【訪 城】2004年6月
【撮 影】2004年6月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
★の数の多い方が良い(または、激しい)
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【現地の状況】
 小瀬戸城は県道207号線と第二東名の交点の南西、藁科川を見下ろす山の山頂付近に築城されている。山頂の主曲輪を中心に三方に伸びる尾根上に連郭式に曲輪が配置されており、第二東名脇の空き地に車を駐車して、カラー舗装された階段を10分ほど登ること、西尾根に配された曲輪に出る。曲輪は茶畑として使われている。
曲輪の北端には堀切が配され、堀切正面の小曲輪を経て主曲輪に至るが、この堀切と小曲輪、そして登城道が実に巧妙な位置関係に造られており、小曲輪は典型的な馬出構造をしている。平地の馬出をそのまま山城に持ち込んだら、多少地形には制約を受けるが、ほとんどがこのような構造になるのではないかと思われるほど、典型的な馬出構造をしている。
 主曲輪は半円形で、背後の北尾根、西尾根へは斜度40〜45度の斜面で、その比高差は20mを越える。以前はこの斜面に二重の横堀が配されていたと云うが、現在は茶畑となり消失している。しかし、北側尾根の西斜面に二重の横堀から落ち込む竪堀を確認で、残された竪堀の深さからも往時の横堀の大きさが推察できる。
背後の北尾根,西尾根にも曲輪が配置されているが、茶畑となりその面影を残している。
 この城の馬出、あるいは以前あったとされる二重の空堀は今川氏によるものでないことは明らかである。永禄11年(1568)に駿府に侵攻した武田方の手によって改修され、駿府の北方防御の役割を担っていたのではないかと考えられる。

【城郭の歴史】
 南北朝期頃の安倍城の支城の一つとして伝承されているが、定かではない。小瀬戸地区には、門内,御所の谷,居廻り,若宮原などの地名が残り、小瀬戸城を詰城として城域の規模を窺い知ることが出来る。

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