駿河 小川城(こがわじょう)
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【城郭の概要】
所在地:焼津市西小川5丁目
別 名 :法永長者屋敷
築 城 :応永年間(1394〜1428)
初城主:法永長者
区 分 :平城
遺 構 : −
面 積 :90m×140m




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小川城跡は新興移住宅地
小川城跡は新興移住宅地
交通機関
・交通
国道150号線バイパス三ヶ名、静岡地方法務局の西約200m

詳細位置はコチラ 


・駐車:周囲に駐車場はなし
・撮影:2007年8月
メモ
遺構の保存状態 ★☆☆
遺構確認し易さ ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
の数の多い方が良い(または、激しい)

【現地の状況】
 小川城跡は新興住宅地のど真ん中だった。遊歩道に小川城の石碑と案内板が建てられていだけで遺構などは残されているはずもなし。
 案内板には発掘当時の写真が掲載されていたが、掘立て柱跡の他、障子堀なども検出されているようである。
 周囲は住宅地の間には田圃などが残っているが、蓮畑に一画が目についた。当時、この辺りは湿地帯だったのかもしれない。

【城郭の歴史】
 西小川3丁目〜6丁目付近は、今川氏に仕えた法永長者屋敷と言い伝えられている。
法永長者は、文明8年(1476年)今川義忠が小笠郡塩買坂で戦死した後、家督継承争いが起こり、伊勢新九郎(後の北条早雲)が調停に入り、6歳の龍王丸を保護した人物とされる。
 以後、法永の子孫は今川氏に仕え、今川氏滅亡後は徳川氏に仕えた。

 明治9年の地籍図によれば、小川城は東西90m、南北140mの広さであったことが窺え、付近には城之内,堀,西小路,馬捨場などの地名が残っている。

発掘で検出された障子堀
発掘で検出された障子堀
小川城の概略図
小川城の概略図
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