所在地:磐田市見付字城山
別 名 :見付古城
築 城 : −
初城主: −
区 分 :平城
遺 構 :空掘
城 域 : − |

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城山球場に駐車
【訪 城】2006年8月
【撮 影】2006年8月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

城山球場に隣接する山住神社の一角に櫓台と考えられる高台が残る。また、山住神社と城山中学との間に空掘の一部が残る。
元亀3年、甲斐の武田信玄は天竜川沿いに南下、浜松城の徳川家康は武田軍に備えるため浜松城の出城として築いたとされる。
二俣城を落として南下する武田軍に対し、徳川家康は大久保忠世・本多忠勝等を出陣させ、三箇野川(袋井市)で武田軍と戦いに及んだが敗れ、浜松城に向けて敗走する途中、一言坂(磐田市)で本多忠勝は味方を援護するために一言坂で奮戦したとされる(一言坂の戦い)。
これが三方原の戦いの前哨戦であるが、城之崎城は一言坂の戦いにおいて徳川方の拠点となったと考えられる。
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