駿河 川入城(別名 常円寺城)
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【城郭の概要】
所在地:庵原郡庵原郡由比町阿僧
別 名 :常円寺城
築 城 :室町期
初城主:由比氏
区 分 :平山城
遺 構 :空堀
面 積 :200m×120m




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常円寺の本堂
常円寺の本堂
交通機関
・交通
国道1号線(富士由比バイパスから県道76号線に入り、由比川に沿って北上、阿僧地区の常円寺へ

詳細位置はコチラ 


・駐車:常円寺の駐車場を利用
・撮影:2007年8月
メモ
遺構の保存状態 ★☆☆
遺構確認し易さ ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
の数の多い方が良い(または、激しい)

【現地の状況】
 川入常は由比川の河岸段丘上にあって、由比川とその支流に三方を囲まれた地形に築城され、現在の常円寺一帯であるとされる。

 常円寺境内には常円寺城(川入城)の石碑と共に、元亀元年(1570)武田信玄に攻められ、常円寺城が落城した際に討ち死にした城主・由比周防守源左衛門光詔と城兵の供養碑が建てられている。
 常円寺の背後には堀切が残り、現在は通路として利用されている。

【城郭の歴史】
 川入城は今川氏の家臣であった由比氏の本拠地とされている。
由比氏は鎌倉初期、高橋の領主高橋大次郎光延の三男・大五郎光高が由比に定住し、由比氏を名乗ったとされ、代々由比郷の領主として栄えた。

 永禄3年(1560)には当主・正信が桶狭間の戦いで戦死したため、正純が城主となった。永禄11年(1568)武田軍の駿河進攻により本貫地を離れ、今川氏真に従って掛川城に入り、翌12年(1569)には掛川城の攻防戦で徳川軍と戦い戦死した。
常円寺背後の堀切
常円寺背後の堀切
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