所在地:静岡市清水区蒲原
(旧庵原郡蒲原町蒲原)
別 名 : −
築 城 :南北朝期
初城主:後北条
区 分 :山城
遺 構 :曲輪,土塁,堀切
城 域 :500m×400m
標高150m
町指定史跡
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蒲原郵便局横を山側(西)へ700〜800m
詳細位置はコチラ
・駐車:駐車場に5〜6台程度
【訪 城】2000年2月
【撮 影】2000年2月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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蒲原町の背後の丘陵部にあるが、中腹まで車で登れ、駐車場から本丸までは15分〜20分ほどで着く。
この蒲原城は駿河へ進攻した武田氏と後北条氏との間で激しい戦いがあったとされ、善福寺曲輪と本丸の間の堀切や土塁も、その当時のものと考えられる。なお、善福寺曲輪からの眺望は抜群。
蒲原城は蒲原丘陵から孤立した城山層を要塞化した山城で、築城時期は室町時代の前期の頃か。築城者は今川氏が駿河守護として入国した後、その一族によって築城したものと思われる。
文献上には特定の城主はなく、戦乱の折城代、城番が置かれた。永享13年(1441)正月における牟□但馬守範里、天文13年(1544)から同14年にかけての飯尾豊前守、永禄4年(1561)の佐竹又七郎、同雅楽助、永禄12年(1569)、同年今川氏の盟友関東北条方の北条真三郎守城の折、□郭を大改築したが、同年12月6日武田氏の攻撃にあい落城、蒲原城は武田方に移る。 その後、天正10年(1582)2月徳川勢による落城まで武田氏の治下にあって当地の土豪、地侍による「蒲原衆」を編成しこの地を治めたが、天正18年(1590)3月、小田原征伐の折徳川勢の着陣を最後に廃城となった。
現在子字名に残る城関係の地名には的場、狼煙場、□□、陣出ケ谷、根古屋、□がある。
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