所在地:伊東市鎌田
別 名 : −
築 城 :文治5年(1189)
初城主:朝倉氏
区 分 :山城
遺 構 :土塁,空堀,土橋,竪堀
城 域 :150m×100m 標高 319m
比高 218m
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(県道12号線八代田地区、若しくは松川湖ダム入口前からハイキング道あり
詳細位置はコチラ
駐車:八代田地区は路上駐車,松川湖ダム前はダムの駐車場利用
【訪 城】2003年2月
【撮 影】2003年2月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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八代田(やしろだ)地区を流れる伊東大川に沿って民家が建つ間に、鎌田城ハイキングコースの案内板が建つ。民家の間を抜けハイキングコースに入り、整備された道を35分ほど登ると松川湖からのハイキングコースと合流する。この間、要所要所には案内板が建っているので迷うことはない。
更に5分ほど登ると小さな堀切が目につく。ここからが城域である。この堀切から50mほど距離を置いて、堀切を全面に配置した二つの曲輪が連続して配されている。この二つの曲輪、および堀切に渡された土橋の配置は横矢掛けを意識したもので実に巧妙である。
この二つの曲輪を「山城における二重の馬出」と表現されている研究家の方もおられ、これら曲輪を馬出と表現するかどうかは別として、見所のひとつである。また、連続する二つ目の曲輪虎口は2折れの枡形状で、ここも枡形とみるかどうかは意見の分かれるところであるが、実に面白い構造である。
枡形状の虎口は意識されず偶然に出来た可能性が高いが、土橋を渡ってくる敵を導くように土橋の延長線上に造られた土塁は意識して造られていることだけは間違いない。
主曲輪は不等辺の三角形で、空堀を介して南側の曲輪が一段高くなっており、北隅に竜爪神社が祀られている。
不等辺三角形のそれぞれの頂点部分から支尾根が延び、北の尾根には上述した二つの馬出状曲輪、東の尾根には二重空堀、この二つの尾根間の北斜面には幅6〜7mの空堀を配し、防御意識が高い。
一方、南の支尾根には堀切を配しているだけで簡単にまとめている。この尾根の斜度が大きいためと考えられる。
鎌田城の見所として、二重の馬出状曲輪をあげたが、もう一つの見所は北斜面に配した空堀に堅堀をドッキングしている点である。こうした特徴は、駿河の丸子城、あるいは遠江における社山城等における武田系城郭の特徴とされており、後北条の城と考えられる鎌田城においてもこうした特徴がみられるのは非常に興味深い。
全体的には、後北条の築城にしては非常に技巧的なことが印象的だった。
訪城したときに伊東市教育委員会によって発掘調査が行われており、教育委員会のK氏とお話しさせて頂く機会があった。出土物にはかわらけや常滑焼きの壺、青磁の茶わん等があり、かわらけについては16世紀中期のものだと言うことであった。北側支尾根の馬出し状の曲輪の縄張りなどから考えても元亀〜天正期の改修であろうと感じた。
鎌田は朝倉右京進の所領であり、この鎌田城は朝倉氏の本城であろうとされている。地域的に考えても最終的には後北条の支城として改修されたものと考えられるが、詳細は不明。
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