所在地:静岡市清水区庵原町草ヶ谷
別 名 : −
築 城 :室町期
初城主:庵原氏
区 分 :平山城
遺 構 :堀切,櫓台
城 域 :150m×240m
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国道1号線庵原の信号北入る、大乗寺裏手の小山
詳細位置はコチラ
・駐車:なし
【訪 城】2000年12月
【撮 影】2000年12月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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庵原山城へは北斜面の住宅地側から登る。北斜面側には駐車場が無い上、周囲の道路も狭く、駐車場探しに苦労する。
住宅地の細い道を抜け、茶畑の道を3〜4分ほど登ると幅3m,深さ5mほどの堀切に出る。この堀切の東側一帯が城域となっている。
堀切を登り、削平地を越えると直径8mほどの円形の削平地に出る。この削平地の中心部に一段高くなった6m四方の高台がある。物見櫓であろう。物見櫓の北側に一段下がったところに深く掘り下げ削平した曲輪がある、ここが主曲輪と推定される。さらに北斜面には階段状に削平地を設け、堀切で処理されている。
第二東名の建設予定地にかかっており、遺構がどの程度残るのか不明。
庵原城は、庵原氏が代々城代として守備していた今川氏の支城と考えられ、永禄11年(一五六八)、武田軍の駿河乱入によって武川氏の支城となり、その後は、今川氏旧臣の朝比奈駿河守信を城番として大修築をしたが、天正十年(一五八二)、武田勝頼滅亡と共に、朝比奈氏は当城を退去し、庵原館で父子共に自刃し、城は廃城となった。
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