| 葉梨城(花倉城) |
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| 【城郭の概要】 所在地:藤技市花倉城山 別 名 :花倉城 築 城 :文和元年(1352) 初城主:今川範氏 区 分 :山城 遺 構 :曲輪,空堀,土塁,堀切,土橋 面 積 :500m×50m 標高290m 比高250m . |
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・交通:藤枝バイパス薮田西ICを北へ、上川地区 ・駐車:山頂付近のタンク横に3〜4台の駐車が可 ・撮影:2001年5月
★の数の多い方が良い(または、激しい) . |
【現地の状況】 藤枝バイパス薮田西ICを北へ、上川地区から車で山頂近くまで、その他にもルートはあるが、途中で道が狭くなるので車を最大限利用するには上川地区から登るのがお勧め。 花倉城案内板から約15分で主曲輪に出る。南北に延びる尾根上に曲輪を配している。幅2〜3mの横堀を経て袖曲輪に入り、袖曲輪から主曲輪へは平虎口が設けられている。主曲輪は南北約35m、東西約20mの砲弾型の形状で、削平もきれいにされており、長期間使用されていたことが窺える。今川氏の城としては遺構の状態も良く残っている。 主曲輪からは藤枝,大井川町の町並みが一望できる。 【城郭の歴史】 花倉城は今川氏三代目範国が足利将軍尊氏の命を受け遠駿へ進出し、その子範氏が文和2年(1353)花倉に居館を構え背後の山上に詰城を築いたものと伝えられています。 その後、氏家,泰範,範政と三代約60年間今川氏の本拠地として栄え、範政が駿府へ本拠地を移した応永18年(1411)後も一族を花倉遍照寺の住職とし堅塁花倉城を駿河の西の守りとしていた。300m山上の本曲輪は現在灌木が密生しているところで、これを切り払えば昔と同じ見晴らしの良い適地が現れるでしょう。本曲輪と二の曲輪の間及び西南80mほどのところに大きな空堀も残っています。 山麓勝谷に範氏の建てた遍照寺、東側の半谷に泰範の建てた長慶寺があり、ここには範氏,氏家,泰範,雪斎の墓が並んでいます。 今川氏館があったところは、遍照寺前の墓地と伝えられています。 城を中心にその付近の平地に家臣団の屋敷があったため、大揚,松井,矢部,新野,左近等が小字名として残っています。
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