欠下坂から三方原台地に上がり、追分まで武田軍が行軍した道が信玄街道と呼ばれている。
現在は、住宅地の中にいくつもの道があり、どれが信玄街道か特定は出来ないが、初芝小学校の南、200mの橋本工務店横に信玄街道を示す標識と案内板が建てられている。
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【現地案内板より】
三方原の戦いの時、武田軍は大菩薩から三方原台地へ上がった。そして追分に至って、大休止をとった。
と記録に残っているが、大菩薩には太平洋戦争まで、三方原台地に上がる坂はなく、武田軍が上がったのは欠下の旧道であることは、まず間違いないであろう。
地元の古老の一人も「欠下の旧道は今も残っていますが、道幅が狭く、武装した侍なら一列でしか通れなかったでしょうが、この級坂道は、三方原の戦いの時、武田信玄が三方原台地に上がった道といわれています。
この欠下の旧坂道を上がると、八町歩という部落です。
八町歩の人達は今でも、欠下から八町歩を経て追分けへ出る道を信玄街道と呼んでいます」と話してくれた。
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【所在地】 浜松市初芝町
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【訪問日】 2003年10月,2006年8月
【現地を訪れて】
三方原台地に上がった武田軍は大菩薩で休息をとったとされる。現在大菩薩と呼ばれる場所は東名高速三方原PA付近であるが、当時は欠下坂から台地に上がった一帯を「大菩薩」と呼んでいたのであろうか。 この石碑から、現在の追分(国道257号線と県道261号線が交差点)に直接出る道はないが、直線距離にして約600m。
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