所在地:静岡市清水区江尻町
別 名 :小芝城,於芝城
築 城 :永禄12年(1569)
初城主:武田信玄
区 分 :平城
遺 構 : −
城 域 : −
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国道1号線、清水区内二の丸信号東入る
詳細位置はコチラ
・駐車:なし
【訪 城】2002年3月
【撮 影】2002年3月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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清水駅の500m北西、市街地の真ん中、江尻小学校,中部電力清水営業所および小芝神社一帯が江尻城であったが、現在では市街化に伴い遺構は残っていない。

江尻城の縄張り |
江尻城は永禄12年(1569)武田信玄が駿河進攻に際し、巴川の東岸に築城したもので、徳川家康に相対する橋頭堡、並びに駿河西部の侵略の補給基地として機能した。
元亀元年(1570)、穴山信君(梅雪)が城将となり、天正6年(1578)江尻城の大改修を行ったが、天正10年(1582)織田信長の甲斐・武田攻めとともに、駿河に攻め入った家康に攻められ落城。穴山信君は徳川家康の軍門に下った。
慶長6年(1601)創城以来32年を経て廃城となったが、その間城将は10人を数え、城下には初期的な城下町が形成された。
現在、二の丸、大手、鍛冶屋町、鋳物師町、紺屋町、魚町などの地名に城下町特有の名が残っている。
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観光
■江浄寺
織田信長の女婿となっていた家康の嫡男の徳川信康が、家康の正室築山殿と共に武田勝頼に内通していた嫌疑で二俣城で自害させられた。信康の遺髪が納められる寺。
静岡市清水区江尻東
TEL 0543-66-5563
JR清水駅から徒歩5分
■梅陰禅寺
清水の次郎長の墓があることで有名。
静岡市清水区南岡町3-8
TEL 0543-52-0995
■清水次郎長の生家
次郎長商店街の一角に清水の次郎長の生家がある。
館内には、次郎長にまつわる貴重な写真や書簡などが展示されています。
■海洋科学博物館
日本には、たくさんの博物館や水族館がありまが、海の科学をテーマにまとめた博物館はここだけ。
静岡市清水区三保2389
TEL 0543-34-2385
・大人 1,800円
■三保の松原
天女の羽衣の伝説で有名な三保の松原、海をへだてて観る富士山は絶景!
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