安倍城
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【城郭の概要】
所在地:静岡市内牧城山
別 名 :安倍本城
築 城 :建武3年(1336)
初城主:狩野貞長
区 分 :山城 
遺 構 :曲輪,空堀
面 積 :400M×150m
      標高 約435m
      比高 約400m





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城址碑
主曲輪に建つ城址碑

静清バイパス(1号線)鳥羽ICから国道362号線、久住谷川沿いに洞慶院まで
詳細位置はコチラ 
・駐車:洞慶院の駐車場を利用、約30台駐車可
・撮影:2004年8月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★★★
お勧め度 ★★☆
★の数の多い方が良い(または、激しい)

【現地の状況】
 安倍城は静岡市街地の西、安倍川と藁科川の合流点から北に伸びる山々の最高所に築かれており、内牧,慈悲尾の増善寺、および鳥羽の洞慶院からも登ることが出来る。
狩野氏の居館のあった内牧から延びる道が本来の大手道であろう。
 今回は洞慶院の境内から延びているハイキングコースを登る。杉林の中にシッカリと整備されたハイキングコースを約45分。削平地と切岸が目に止まり、ここが久住砦であろうとすぐに分かった。
 久住砦から高度にして40〜50mほど一旦下り更に登る。山頂が見えないだけにどこまで登るのかと結構きつくなって来る頃、岩肌を削って造られた堀切に出る。この斜面を登り切ると主曲輪に着く。久住砦約15分で、登り初めて正味1時間の城攻めである。(^^;
 主曲輪から東側の眺望は素晴らしく、阿部川を挟んで賤機山,日本平の山並みを一望できる。冬季には富士山も見ることが出来ると思われるが、真夏のこの時期には望むべくもない。しかし、山頂からの眺望は1時間をかけて歩いてきた疲れを一瞬にして癒してくれた。

 主曲輪から北に延びるなだらかな尾根に3つの堀切と曲輪が続く簡単な縄張りであるが、南北朝期の城としての安倍城には興味深い点が幾つかある。まず、主曲輪南側の曲輪の切岸面に石積みが見られる。静岡県における中世城郭で石積みを見るの宇津山城奥ケ池谷城など、わずかであり非常に珍しい。また曲輪の削平状態がきわめて良い点である。おそらく南北朝期以後に改修されたものではないだろうか。
 いずれにしても、高く峻険な山に城を築くといった南北朝期の山城の姿を残している点でお勧めの1城である。
主曲輪からの静岡市内の眺望
      

【城郭の歴史】
 鎌倉幕府滅亡後全国を二分して争われた南北朝時代に、後醍醐天皇率いる南朝方に加わった狩野介貞長は安倍城より北に延びる尾根の先端にある内牧城を本拠にして、北朝方の駿府今川氏と相対していた。
 狩野氏を中心とする南朝方は東西交通の要衝府中を占拠せんと安倍城を足がかりとして、内牧城をはじめとして久住砦,鳥羽城,千代城,金山城,小瀬戸城,津渡野,松野城、湯島城,大平城方上城等の出城や砦と連携をとっていたが、今川軍によって次第に追いつめられていった。安倍城は14世紀中頃に廃城となったとされる。

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