
【現地への案内】
仁科神明宮より北へ約3km、丹生子地区の東の山、入山は墓地横から
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【駐車場】路上駐車
【訪 城】2004年10月
【撮 影】2004年10月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
日本最古の神明づくり社殿として国宝に指定されている仁科神明宮から、県道51号線を北へ約3km、丹生子集落の東に張り出した尾根の山頂一帯に築かれている。
道路脇の墓地から出ている道から谷筋を登る。5分も登ると道筋は薄くなり、35〜40度の急斜面を直登するを余儀なくさせられる。幸いなことにブッシュはさほどきつくはなく、20分ほどで三の曲輪に出る。
曲輪の配置は山頂の主曲輪(約20m×12m)から西に切岸を経て二の曲輪、更に二重の堀切を経て三の曲輪と連郭式に曲輪を配し、二の曲輪の南側斜面、および三の曲輪の南斜面、西斜面、北斜面にかけて帯曲輪を廻している。いずれの曲輪も驚くほど削平状態がよい。
主曲輪周囲には低土塁を廻し、南側は非常な急斜面で思沢に落ち込んでいる。また、主曲輪東側尾根の斜面には土塁、更には尾根を断ち切る形で二重の堀切を入れている。こうした土塁と二重の堀切をセットした防御思想は飯山市の中条城等ではよく見られ、北信濃の特徴のひとつと云える。
西には蓮華岳,鹿島槍等の北アルプス裏銀座の山々が望めるはずであるが、眺望は利かない。落葉期には多少期待で来るか。
なお、登城道は西側の尾根にもあると云うが、急斜面でほとんど望み薄、比較的比高が低いのでどこからでも登る気になれば登れるが、多少なりとも藪こぎの覚悟が必要。
【城郭の歴史】
仁科氏の本拠地にも近く、また、曲輪の削平状態等からも戦国末期に改修、使用されたと考えられるが、詳細は不明。
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