| 松尾城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:飯田市松尾古城 別 名 : − 築 城 :室町時代か 初城主:小笠原氏 区 分 :平山城 遺 構 :横堀 城 域 :600m×350m 標高 480m 比高 50〜60m 県指定史跡 |
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【現地への案内】 駄科南平信号を北へ約1.5km 詳細位置はコチラ ![]() 【駐車場】専用駐車場約30台 【訪 城】2002年8月 【撮 影】2002年8月
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【現地の状況】 松尾城は松尾鈴岡公園として整備されており、鈴岡城からは約500m程の距離である。しかし、車では直接行けず、北側の三菱電機〜住宅地の中を通って行くことになる。本城および本郭は公園としてきれいに整備されており、城郭としての"臭い"がない。唯一、主郭手前に空堀を認める。 日本城郭大系には遺構の残存状況は良好であると記載されているが、大部分の曲輪は宅地化により消失しているようである。持参した縄張り図、および現地案内板の地図を見ながら現地を歩くが、あまりに現状と違い過ぎるため、曲輪配置など掴みきれなかった。 【城郭の歴史】 文治元年(1185)加々美遠光が信濃守として補任し、その子小笠原長清が信濃国地頭になったことから、小笠原氏の歴史は始まり、康永3年(1344)小笠原氏が伊賀良庄を治めるようになる。明応2年(1493)頃、松尾城の小笠原定基は毛賀沢川を挟んで位置する鈴岡城主で信濃守護職の小笠原政秀を倒した。 当時、小笠原家は深志小笠原氏,鈴岡小笠原氏,松尾小笠原氏と三家に分かれて対立していた。 天文11年(1542)諏訪を掌握した武田氏は天文23年に、松尾小笠原氏も武田氏の軍門に下り、伊奈方の先方衆となった。 天正3年(1576)武田氏が亡ぶと、同10年には織田氏が伊奈に進攻し、小笠原信嶺は戦うことなく、織田軍に降伏。 天正10年6月2日、信長が本能寺で殺されると伊奈は徳川が領するところとなり、小笠原信嶺は家康から領土を安堵された。その後、天正18年、徳川家康の関東移封に伴い、小笠原信嶺は武蔵へ移封され、松尾城は廃城となった。 |
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