| 桑原城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:諏訪市四賀桑原 別 名 :高鳥屋城,水晶城,竹矢城 築 城 : − 初城主:桑原氏 区 分 :平山城 遺 構 :土塁,空堀 城 域 : − 標高 981m 比高 190m 県指定史跡 |
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【現地への案内】 国道20号線四賀の信号を東、県道424号線を500m 詳細位置はコチラ ![]() 【駐車場】麓の空地に3〜4台 【訪 城】2000年7月 【撮 影】2000年7月
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【現地の状況】 霧ケ峰高原が諏訪盆地に落ち込む、先端の小さなピーク上に築かれ、西と南は急斜面をなす地形を利用している。
訪れた時は、山腹まで林道が造られつつあった。しかし傾斜が急であるため通行に際しては、現地の標識および注意書きを守る方が良い。 麓の空地に車を停めて、歩くと約10分ほどで、三の丸に出る。遺構は三の丸,二の丸および本丸のほかに、竪堀や堀切等が残っている。 190mという比高差を利用し、切岸を主体とした防御の中で、本丸と二の丸を分断するように掘られた堀切が注目される。 【城郭の歴史】 桑原城は一名を高鳥屋城(たかとや)ともいい、諏訪総領家の本拠上原城の支城として要害を誇った山城である。甲州街道から約200m北に位置し、本丸は空堀より高さ6m、東西33m、南北25m、面積はおよそ600m2ありm空堀を隔てて西側の二の丸に続く。 天文11年(1542)7月4日、諏訪頼重は武田信玄に攻められて上原城からのがれ、ここで敗れた。 頼重は甲府に送られ、「おのずから 枯れ果てにけり 草の葉の 主あらばこそ またもむすばめ」の世辞の句を残して割腹し、諏訪総領家は一旦滅亡したという悲史を伝えている。 いま、東光寺(甲府市)に、頼重と弟の大祝頼高を祀る小さな五輪塔二基が建っており、また四賀神戸の頼重(らいじゅう)院には頼重を祀る供養塔がある。
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