| 福島正則館 |
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| 【城郭の概要】 所在地:上高井郡高山村高井字堀之内 別 名 : − 築 城 :鎌倉時代 初城主:福島正則 区 分 :館 遺 構 :土塁,石垣 城 域 :103m×70m 県指定史跡 |
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【現地への案内】 県道54号線(須坂中野線)、堀ノ内、 詳細はコチラ ![]() 【駐車場】路上駐車 【訪 城】2004年5月 【撮 影】2004年5月
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【現地の状況】 県道54号線を堀ノ内に入ると、道路脇の石垣が目に飛び込んでくる。 館内の中央部には高井寺が建っている。南面、西面には高さ1〜2mの石垣が積まれているが、この石垣、安政年間(1854〜1860)に改修されたもので、正則時代のものではない。 正則時代の遺構は、館内の北東隅の民家の庭に土塁が残されている。なお、岩松院(高井村)には福島正則の墓がある。 【城郭の歴史】 この旧館跡は東西57間半(約104.5m)南北40間(約72.7m)で、四方に高土塁を築き、塁の外に空掘を巡らしてあった。現在東北隅に高さ2m、長さ19mの土塁が残存している。 元和5年(1691)6月、安芸45万石を没収され、高井郡2万石、越後魚沼郡2万5千石の捨て扶持を与えられた福島政則は、一時須坂にいたが、2年後に高井郡の地に住居を定めた。 正則の在館年数はわずか数年であったが、領内の検地を行い、高井野原の用水堰を開き、松川治水の築堤西条新田の開拓など民政に尽くした功績が大きい。 寛永元年(1624)7月13日、64歳で病死した。正則はかねて本村赤和に海福寺を興して菩提寺としようとしたが、故あって位牌は領内雁田(小布施)の岩松院に納められ、廟所も同寺境内に設けられた。
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