| 雲林院城 |
| HOME < 三重県の城郭 |
| 【城郭の概要】 所在地:安芸郡安濃町雲林院城山 別 名 : − 築 城 :元徳3年(1331) 初城主:雲林院祐尊 区 分 :山城 遺 構 :土塁,堀切 城 域 :270m×350m 標高 70m |
|
||||||||||||
【現地への案内】 国道23号線から県道42号線に乗り換え、安濃川に沿って北西へ、美濃夜神社 詳細コチラ ![]() 【駐車場美濃夜神社前の空地を利用、約5台 【訪 城】2004年9月 【撮 影】2004年9月
|
【現地の状況】 安濃川の門前が淵付近から登るルートがあるようだが、雑草が生い茂り、道らしきものは確認できず、美濃夜神社の背後の北東尾根から登る。5分ほどで尾根筋に設けられた三段ほどの小曲輪を確認して、ブッシュと倒木の中を直登に近い形で尾根筋を登ると、約15分で堀切に出る。城内からは深さ3〜4mほどの深さがあり、堀切としては中規模であるが雑草のため全貌が掴みづらい。 この堀切を越えて斜面を登り切ると主曲輪であるが、ここからは竹藪が行く手を阻む。背丈を超える竹藪を抜けると、今度は雑草と雑木のブッシュ。主曲輪全体がこうしたブッシュで覆われているようで、この時点で土塁と空掘で複雑な構造をしているという主曲輪の南西側の虎口の確認を断念し下山。 【城郭の歴史】 雲林院氏は勢州4家の長野工藤家の台2代祐藤の子・祐尊が分家したもので、長野氏と共に工藤家の両家督であった。 南北朝時代には長野氏と対立していた伊勢国司北畠氏の誘いにより長野一族の細野氏と長野城を攻めている。永禄の初めに北畠氏が長野氏と和解すると、再び長野氏の一族として活躍。 織田信長が中勢攻略する中で、信長の弟信包が長野氏の養子に入り、長野三郎信包を称する頃には長野一族と共に信長の幕下に入っている。天正8年(1580)、津城に在城する織田信包に追われ、雲林院祐基父子は追われた。 |
| HOME < 三重県の城郭 |