
【現地への案内】
県道47号線を御薗町方面から長法寺町に入り約300m、右手の高圧線鉄塔を目印に農道を右に入る前方の小山
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【駐車場】空地を利用
【訪 城】2005年4月
【撮 影】2005年4月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
比高30m〜40mほどの舌状台地に築かれ、比高差のある切岸を防御主体とする城である。南側を大手とし、北側には堀切,土橋を入れ背後を固めている。主曲輪は、30m×20mほどか、ブッシュが激しく、曲輪内を自由に歩けず、細かな様子までは掴みきれないが、削平状態は良いとは云えない。東側には帯曲輪を伴っている。
比高30〜40mほどの丘ではあるが、周囲は崖状で容易に人を寄せ付けない。 北側背後の樹園からなら、夏場も入山OKか。
【城郭の歴史】
「勢陽五鈴遺響」に「文治中長法寺五郎住す」とある。さらに古老の伝承として、片岡六郎左衛門の居城であり、永禄12年(1569)、織田信長と戦い、国府で戦死すると記されている。
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