
【現地への案内】
国道306号線田光の信号を田光川に沿って西へ約500m、田光公民館前
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【駐車場田光公民館の駐車場を利用、約10台駐車可
【訪 城】2004年5月
【撮 影】2004年5月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
田光城は多比鹿神社の背後(北側)の山に築かれている。山形は比較的なだらかであるが、南側は田光川の渓谷に落ち込む要害地形である。
城域は広く、スグには全貌を掴みづらい、天主台といわれる15m×20mの方形の曲輪の南側に約35m×40mの広さの主曲輪があり、周囲には自然地形から切り出したままの土塁が巡らされ、土塁の内法には人頭大の石積みが所々に残っている。また、天主台の背後には空掘を配し、空掘には土橋がかけられている。空堀の対岸からなだらかな勾配の山麓に曲輪が土塁が築かれて、土塁の外法に石積みがされているのが興味深い。
曲輪は階段状で、屋敷跡のような印象をうける。
【城郭の歴史】
遠泳年間に田光隼則が築き、姓を梅戸と改めたと伝えられる。梅戸氏は近江の佐々木氏の六角定頼の四男を嗣子として、梅戸左衛門尉高実と称したと云われる。
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