
【現地への案内】
国道365号線、三宅地区の三宅新橋南の山林
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【駐車場】空地を利用
【訪 城】2005年4月
【撮 影】2005年4月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
三宅西条城は中ノ川に沿って東に突き出した舌状台地のほぼ先端付近に築かれており、現在では舌状台地の先端部分を国道365号線が横切る形で走っている。
登城道は三宅新橋北詰めの信号から、国道365号線で三宅新橋を渡り南へ約200m、台地の南側道路脇にある。
台地の東端に主曲輪を配し、主曲輪(約35m×25m)の南北に低土塁、西には高さ2mほどの土塁を築き、土塁を超えると堀切を入れるなど型通りの防御構造が見られる。堀切を挟んで二の曲輪(約15m×15m)、更に堀切を介して三の曲輪(約15m×20m)と東西の尾根上に連郭式に曲輪を配置し、城域の西端を堀切で処理している。
連郭式に配した曲輪の南北には帯曲輪状の削平地があるが、後年のものか。また、主曲輪東側にも曲輪があったであろうことは想像するに難くないが、国道365号線のために切り崩されているため、詳細は分からない。
【城郭の歴史】
槇野秀盛が肥後国山鹿庄から当地に来て築城、三河守と称したとされる。永禄12年(1569)四代藤重の時、織田氏に亡ぼされたとされる。
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