| 松阪城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:松阪市殿町 別 名 : − 築 城 :天正16年(1588) 初城主:蒲生飛騨守氏郷 区 分 :平城 遺 構 :石垣 城 域 ;500m×600m 県指定史跡 |
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【現地への案内】 国道42号線、鎌田町信号を南西入る 詳細コチラ ![]() 【駐車場】大手口と搦手口の間にある公民館駐車場を利用、約20台 【訪 城】2004年1月 【撮 影】2004年1月
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【現地の状況】 北〜西側を阪内川に守られ、現存城郭遺構の二の丸東側に大手、南に搦手を開いた平城であるが、若干の高台にあり城郭主要部からの眺望はすこぶる良い。 三の丸外周に水堀があったということであり、阪内川を外堀としていたことが容易に想像できる。 二の丸、隠居丸から本丸にかけては見事な石垣が見られるが、その多くは積み直しされたもので、注意して観れば一目で判る。その上、石垣に使用されている石は丸みを帯び、何となく迫力に欠けるのは残念だ。しかしながら、搦手から二の丸に至る二重の虎口は見事で、建物は残っていないが、十分に楽しめる。 また、搦手側の紀州藩組屋敷として使われたという、御城番屋敷も面白い。
【城郭の歴史】 蒲生氏郷は天正12年(1584)小牧・長久手の戦いでは、秀吉方の武将として織田信雄の伊勢を攻略。この功績により松ヶ島城に入り、天正16年(1588)には正四位下左近衛少将に任じられ、この年、四五百(よいは)の森に松坂城を築いて移る。 氏郷が会津若松に移封後、松坂城には天正18年(1591)服部一忠、文禄4年(1595)古田重勝 と城主が変わり、元和5年(1615)紀州藩領となって勢州領18万5千石を統括する城代が置かれた。
城は北を大手、南を搦手とし、本丸・二の丸・隠居丸・希代丸・出丸・三の丸よりなり、本丸・二の丸・希代丸・隠居丸・出丸には高い石垣を築き、三の丸の外部に水堀を巡らせていた。三層の天守閣と金の間・月見・太鼓等の櫓がそびえ立っていたが、正保元年(1644)の台風で天守閣は倒壊したと伝えられている。また二の丸には寛正6年(1794)に建立された徳川陣屋があった。明治14年(1881)城跡公園となる。 |
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