| 桑名城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:桑名市吉之丸 別 名 :旭城,扇城 築 城 :慶長6年(1602) 初城主:本多中務大輔忠勝 区 分 :平城 遺 構 :堀,石垣 面 積 :1200m×1600m 県指定史跡 |
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【現地への案内】 国道1号線伊勢大橋西詰めを南入る、県道613号線を約2km南下 【駐車場】専用駐車場に50〜60台 【訪 城】2002年4月 【撮 影】2002年4月
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【現地の状況】 本丸,二の丸一帯は九華公園として市民の憩いの場として親しまれている。 本丸,二の丸周囲の石垣は当時のまま残っている部分の方が少なく、護岸工事を思わすような石積みがなされている。 しかしながら、周囲の堀の様子からも当時の桑名城が水辺の城であったことを伺い知ることが出来る。 【城郭の歴史】 この地に城が築かれたのは文治2年(1186)、鎌倉幕府の命により伊勢平氏の桑名三郎行綱が当地を支配したことに始まるとされている。 天正2年(1574)織田信長の伊勢平定で城は落ち、桑名は信長の重臣滝川一益の所領となり滝川一益は長島城を改修して、桑名の諸城は家臣に守らせ、天正4年に信長は服部□女一正に命じて城を補修させた。 天正11年織田信雄,信孝が争ったとき、信雄に味方した羽柴秀吉の家臣天野景俊が入り、翌12年信雄と秀吉が対立したときは、信雄に味方した徳川家康の家臣酒井忠次、および石川数正が城を守り、更に同15年丹羽氏次が城主となる。天正19年一柳直盛が入城、桑名城築城はこの時とされている。 文禄4年美濃三人衆の一人氏家ト全の長男氏家行広が二万二千石で城主となったが、関ヶ原の役で石田三成に味方したため領地を没収された。 慶長6年、徳川四天王の一人、本多忠勝が十万石の太守として上総国から桑名に移され、忠勝は入封すると直ちに巨大な城の築城にかかった。 宝永7年に奥平氏が入封。文政6年に松平氏が入封後は明治まで続いた。 |
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