
【現地への案内】
国道163号線から県道305号線を北上、島ヶ原役場北西約500m
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【駐車場】空地を利用
【訪 城】2003年7月
【撮 影】200237月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
− |
| 普請 |
− |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
増地氏城の南東約300mにあり、標識などもあるが地形が複雑で、どの山なのか分かり難い。地元の方に尋ねて、位置は判明するも、増地氏城にも増してブッシュが激しいと聞き、あえなく退散。(^^;
【城郭の歴史】
菊岡繁唯氏蔵の「菊岡家家譜」によると、集の次男の系流が菊岡氏であり、元徳3年(元弘元年、1331)後醍醐天皇が鎌倉幕府討伐の計画が漏れて笠置城に立て籠もった際、隣村の島ヶ原の郷士も参戦したとあり、天正(1573〜92)の頃の城主は菊岡市郎左衛門行重で、次男菊岡丹波行任は上野久米村に移住、子孫「伊乱記」の著者菊岡如幻を輩出している。(日本城郭大系)
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