| 川方城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:久居市川方字里ノ内 別 名 :小造御所 築 城 :明応5年(1496) 初城主:川方康親 区 分 :平城 遺 構 :土塁,空堀 城 域 :200m×70m 標高 20m 比高 10m |
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【現地への案内】 国道165号線野村高架の信号を南入り約500m、コンビニ前の細い道を東入る200m南の空き地 【駐車場】コンビニの駐車場を利用 【訪 城】2003年2月 【撮 影】2003年2月
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【現地の状況】 川方城は河岸段丘に築城された城であるが、現在では段丘の下に川はない。段丘を創り出したのは雲出川であると考えられるが、現在の雲出川は南1kmに付け替えられている。 久居駅から南へ約600mの住宅地の一画にある竹藪と空き地が川方城である。 南北50m、東西30m程度の単郭方形の城と考えられるが、北側の土塁は取り崩されており、どの程度の規模であったのか定かではない。 南側の土塁は高さ3mにおよび、土塁の背後を河岸段丘特有の急斜面で、西側は二重土塁とし、防御意識が高い。 二重土塁の外側土塁上には住宅が建ち、菜園に利用されているが、住宅側に廻って見る土塁は圧巻である。 【城郭の歴史】 明応5年、北畠氏の分家である小造氏六代政宗がここに城を築き、弟康親に与えたもので、康親は川方氏を称した。天正12年(1584)5月4日隣の牧城を攻め落とした蒲生軍勢は翌5日続けて川方城の攻略に掛かった川方城は戸木城から援軍を得ていたため蒲生軍は一度は引き下がったが、28日雨夜で城中も油断があったのか蒲生勢が北に廻り柵を破って夜討ちをかけたのを防ぎきれず、川方与左衛門等15人が討ち死にし、城主川方隼人佐も戸木城に退いた。 以後、川方隼人佐は戸木城に籠城して小造長政助けるが、戸木城落城の後は尾張に退去して関ヶ原合戦後、水戸に下向したと云われている。 |
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