亀山城
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【城郭の概要】
所在地:亀山市本丸町
別 名 :粉蝶城
築 城 :天正18年(1590)
初城主:岡本下野守宗憲
区 分 :平山城 
遺 構 :多聞櫓,石垣,堀
面 積 :473m×327m
     県指定史跡


多聞櫓
天守台の多聞櫓

【現地への案内】
 国道1号線羽若町信号南入る
【駐車場】亀山神社駐車場に5〜6台
【訪 城】2003年2月
【撮 影】2003年2月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ☆☆ 
縄張り ☆☆ 
普請 ☆☆ 
体力消耗度
お勧め度 ★★
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)

【現地の状況】
 市街地化が進む中、最低限のものが残されているといった感じで、現地へ行くと期待を裏切られる。見所は天守台の石垣ぐらいであろうか。(^^;
 亀山城の北に位置している亀山古城と併せて廻りたい。

【城郭の歴史】
 亀山城は天正18年(1590)岡本良勝によて築城されて以来、歴代藩主により城郭も整えられた。当初は三層の天守閣があったが、寛永9年(1632)に幕命により解体され、正保年間(1644〜47)天守台に多聞櫓が築かれた。

 天守南西の高石垣は直高14.5mもあり、野面石(自然石)を牛蒡積みとした中くぼみの扇形勾配で、堅固・優美さを整えており、四百余年の風雪に今も耐えている。
 白壁の櫓・門・土塀等を連ねる景観を蝶の群が舞う姿に例えられて「粉蝶城」とも呼ばれた。
 亀山は東海道の要衝であるので、江戸時代前半には幾度も城主が交代したが、延享元年(1744)六万石で石川総慶が入封後は、明治まで11代120余年、石川家が続いた。
 明治以後、城郭の大半が破却され、現在は天守台・多聞櫓・外堀・土塁の一部が残るのみであるが、多聞櫓は県下で唯一現存する城郭建造物として、昭和28年三重県史跡に指定された。     
亀山市教育委員会(現地案内板より)

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