所在地:木津川市鹿背山鹿曲田
別 名 : −
築 城 :文治4年(1188)
初城主:木津太郎英清・松永久秀
区 分 :山城
遺 構 :土塁,堅堀
城 域 :400m×300m
標高 136m
比高 約70m(西念寺より)
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JR奈良線木津駅より北東に約2km
詳細位置はコチラ

分校横に路上駐車
【訪 城】2007年5月
【撮 影】2007年5月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

鹿背山城は伊賀街道(現国道163号線)に沿って流れる木津川の南岸、通称城山(標高136m)に築かれている。
麓の西念寺から約10分ほど登ると主曲輪Tに着く。この間、中腹右手の竹林の中に整備された見事な堅堀を見ることが出来る。
主曲輪Tは城内で最も大きな曲輪で、この曲輪から南東に延びる尾根上に、主曲輪U、主曲輪Vを配し、各主曲輪から延びる支尾根は堀切、若しくは比高差のある切岸でことごとく処理されている。
城内は雑木が刈り取られ、しっかりと遺構を確認することができるが、各支尾根には麓まで階段状に曲輪が配置され、城内をくまなく歩くとすれば、2〜3時間斜面を歩く脚力が要求される。
管理人は下調べが不十分のまま訪城したため、重要な遺構を幾つか見落としてしまいました。
現地案内板に掲載されていた縄張り図をアップしておきますので、訪城される際には、是非プリントアウトしてお持ちください。
鹿背山城は木津太郎英清が文治4年頃に築いたと推定され、文明2年10月畠山義就によって攻められ落城したとされている。
永禄8年から信長が上洛する永禄11年までの間、松永弾正(久秀)が大和の北の守りとして南山城方面への出城として築いたものと考えられている。
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