所在地:京都市西京区嵐山元禄山町
別 名 :嵯峨城
築 城 :明応6年(1497)
初城主:香西元長
区 分 :山城
遺 構 :石積み,土塁,堀切
城 域 :250m×50m
標高 381m
標高 約300m
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渡月橋の西、直線距離にして約1km、嵐山の山頂一帯
登り口はコチラ

駐車場はなし
【訪 城】2007年5月
【撮 影】2007年5月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★★★ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

嵐山城は渡月橋のほぼ真西、約1kmの嵐山(標高381m)の山頂付近に築かれているが、渡月橋付近からは急峻な斜面で人を寄せ付けない。
阪急嵐山駅の西約200mほどの地点から登り、ハイキングコース(京都一周トレイル)で嵐山から延びる南東稜線に出て、尾根づたいに松尾山(標高276m)を経て嵐山山頂まで約50分。深い谷を東側に大きく迂回するなかなかタフな山道だ。
城郭遺構は山頂から北東,南西に延びる尾根に広く分布し、嵐山山頂の曲輪が中核部と考えられるが、曲輪の削平状態は自然地形に近い。山頂の曲輪よりも、北東、および南西の少し標高を下げた曲輪のほうが広く、削平状態も良好である。
また、南東尾根の曲輪斜面では2ヶ所で石積みが確認できた。
嵐山城は地理的に山陰道(現国道9号線)、および周山街道(現国道162号線)からも離れ、標高が高いが故に保津川を利用した水運の監視もままならない。
山道を歩きながら、嵐山城の築城目的は山中を通る間道の押さえではなかったかと感じた。
永正4年7月末、嵐山城の香西元長は西岡衆に攻められ、炎上し、廃城となった。
天文8年(1539)9月、同10年10月、同15年8月、同18年6月と細川晴元が進駐,居陣している。
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