所在地:姫路市夢前町前之庄三枝草
別 名 : −
築 城 :長寛2年(1160)
初城主:三枝氏
区 分 :平城
遺 構 : −
城 域 : −
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宝積院の駐車場を利用
【訪 城】2007年12月
【撮 影】2007年12月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

三枝城は現在の宝積院が建てられている一帯とされ、周囲の地形からは一段高い高地にある。いかにもという地形ではある。
この宝積院の本堂、および山門などの瓦には、ことごとく武田菱がついている。武田菱の紋を使っている寺は少なく、どのような由来なのか聞きたかったが、あいにくと不在であった。どうにも気になる寺である。
三枝城は三枝氏が10代、210年にわたって居城としていた城である。
長寛2年(1160)三枝正頼が築城し、永和3年(1377)頼成の時、落雷により城は焼失した。その後、小野市に河合城を築き、三枝氏は移ったとされる。
なお、宝積院は天台宗の寺院で、天安2年(858)玄常上人の開基とされる。
明王寺谷にあって松尾山明王寺と呼ばれていたが、、寛文年間(1661〜1673)に現在の三枝城跡に移り、的場山宝積院と改称された。
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