妻木城
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【城郭の概要】
所在地:土岐市妻木町上郷
別 名 : −
築 城 :南北朝期
初城主:土岐頼重
区 分 :山城
遺 構 :石垣
城 域 : −

県指定史跡

本丸石垣
妻木城本丸の石垣

【現地への案内】
・県道19号線と県道388号線との交差点を西へ500m
・県道19号線から名岐国際ゴルフ場への道に入り100m先の林道を右手に入る
【駐車場大手道 2〜3台
      搦手道 10台程度
【訪 城】2003年3月
【撮 影】2003年3月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 妻木城は妻木川に沿って舌状尾根が美濃平野に張り出す尾根の先端に位置しており、県道388号線に面した妻木城屋敷跡から登る大手道と、県道19号線(土岐足助線)から名岐国際ゴルフ場に隣接する尾根から入る搦手道の二つのルートがある。
 大手道は妻木城屋敷跡から屋敷跡の間の道を500mも進むと左手に登城口の標識あり。ここで車を置き、25分ほど山を登る。

一方、搦手は名岐国際ゴルフ場への道に入り、100mがほど進むと右手に未舗装の林道、この林道を行き止まりまで。ここから、北の雑木林の中に入ると、歩きやすい道がある。
 尾根筋を辿ると、5分ほどで二重堀切に出る。ここからは標識が立てられているので自由に廻ればよい。山頂の本丸には八幡神社が祀られ、二の丸からはすこぶる眺望が良く妻木町を一望できる。
 本丸、二の丸等は石垣造りの近世城郭であるが、一歩裏手に廻ると削平も不完全な曲輪やほとんど手の入っていない道など、中世城郭の姿がそのまま残っている。

縄張り図

【城郭の歴史】
 妻木城は土岐市の南部、妻木町を見下ろす標高409mの城山の山頂に築かれた山城です。また城山の北側山麓には御殿跡、士屋敷跡と云われる遺構が残されています。
 いつ築城されたのかは定かではありませんが、歴応2年(1339)に土岐明智頼重(土岐明智氏、妻木氏の祖)が、祖父である美濃守護土岐頼貞の遺領を継ぎ、妻木郡の領主になった後に築城されたと云われています。
 土岐明智氏が代々妻木郷を治めますが、戦国時代に入ると没落し城主は一族の妻木氏に変わります。妻木氏は織田信長の抗争に始まる動乱期に遠山氏、小里氏などの周辺領主が没落していく中で一貫して妻木郷を領してきました。
 妻木氏は関ヶ原の戦い(1600)に東軍(徳川方)に味方し、岩村城(恵那郡岩村町)を攻略します。その戦功により土岐郡内7500石の領主として三代続きますが、万治元年(1658)城主が急死し跡継ぎが無く、妻木氏は断絶し妻木城は廃城となりました。
 妻木城主は代々陶器の生産を奨励し、織部志野などに代表される美濃焼を育てた領主としても注目されています。
 妻木城は築城から廃城まで焼く600年間にわたって存続し、時代と共に改修されてきました。山上には曲輪や堀切、土塁、石垣などが残り、本丸、太鼓丸、蔵跡などの伝承が今に伝わります。また山麓には関ヶ原の戦い以後大改修されたと思われる御殿跡や士屋敷などの区画が石垣と共に残されています。
 近世初頭の城郭遺構が居館や家臣団の屋敷、城下町を含めて残されているのは全国的にもきわめて希で、山麓の御殿跡、士屋敷跡も岐阜県指定史跡に指定されています。
現地案内板より

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