| 岡山本陣 |
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| 【城郭の概要】 所在地:大垣市赤坂町字勝山 別 名 :勝山 築 城 :慶長5年(1600) 初城主: − 区 分 :平山城 遺 構 : − 城 域 : − 標高 51m 比高 30m |
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【現地への案内】 詳細はコチラ ![]() 【駐車場】安楽寺駐車場を利用 約6台 【訪 城】2003年7月 【撮 影】2003年7月
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【現地の状況】 安楽寺から、5分も登ると勝山の山頂につく、山頂には「家康の物見台」と称して、物見だが造られている、眼下には杭瀬川を望み、家康は杭瀬川の戦いを、ここで食事をしながら一部始終を観戦したと伝えられている。その時、家康は飯粒が落ちたのも気がつかなかったとか。(^^) 大垣城は南東4kmにあるが、雑木のため見通しは利かない。 安楽寺から登る途中に曲輪らしき削平地が幾つもあるが、土塁などは確認できない。大垣市立図書館蔵の江戸期の「岡山御陣城図」には、岡山の周囲に空堀が掘られ、本陣の周囲には土塁が巡らされているが、消失してしまったようである。 【城郭の歴史】 岐阜城を攻略して意気上がる東軍は慶長5年(1600)8月24日、西進して赤坂一帯を占拠しました。翌25日軍監の本多忠勝と井伊直政が相談し、徳川家康の本営に定めたのが、この岡山(現勝山)です。 以来、家康が到着するまでの約20日間、東軍諸将は丘の麓や周囲に布陣し、砦を築いて大垣城を本拠とする石田三成らの西軍と対峙しました。ちなみに大垣城は、この岡山から南東方向、わずか4kmにしか過ぎません。 天下分け目の戦いで勝利した、徳川縁の地を記念して、以後この岡山は「勝山」と改めたと伝えられています。 また、この山は聖徳太子の創建と伝えられる安楽寺領であり、壬申の乱をはじめ、大垣藩関係に由縁の史料に富んでいる。
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