
【現地への案内】
国道41号線からJR高山線杉崎駅方面、県道75号線から林道へ
詳細位置はコチラ 
【駐車場】空地を利用、3台程度
【訪 城】2003年6月
【撮 影】2003年6月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
県道75号線を東に走ると小島城址への案内板がある。ここから田圃の農道を経て林道を約3km走ると林道が行き止まりになる。この横が小島城であるが、この林道は2km付近からは未舗装で、落石が林道に散乱しており、落石の覚悟は多少必要。(^^;
車を100mほど下ったトイレ前に止める。トイレは山中には似つかわしくないほど綺麗である。トイレ横にはハイキングコースがあり、杉崎駅方面からも登ってこられるようである。比高100mとのことであるが、眼下に広がる景色からは、杉崎駅方面からは比高150m以上はあるのではないかと感じられた。
西側尾根の曲輪の石垣
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トイレ前に車を止めて、すぐに左手尾根に登ると、堀切を確認できる。ここからが城域となる。この堀切には土橋が掛かっているが、土橋を左手に寄せて横矢掛けの工夫が見られる。
堀切から更に20〜30m登ると、いきなり雑木もなくきれいに削平された曲輪(仮に二の曲輪としておく)に出る。雑木をかき分け尾根を登ってきただけに、主要な曲輪も同様であろうと考えていただけに、この時は驚いた。
主だった曲輪は、主曲輪,二の曲輪,北尾根の曲輪と三つであるが、西側尾根にも幾つかの小曲輪がある。
主曲輪の切岸に僅かに石積が確認できる。西側尾根の曲輪の削平状態は良いとは云えないが、曲輪南側に見事な石垣がある。この石垣には裏込め石が使われており、飛騨における石垣技術を観る上で興味深い。
【城郭の歴史】
小島城は飛騨国司姉小路氏が代々本城とした城である。南北朝期、姉小路氏は小島城に拠る嫡流の小島家と小鷹利城に拠る小鷹利氏、古川城に拠る古川氏と三流に分かれた。
天正期になるとかって京極氏の被官であった三木氏が台頭し、三木自綱(よりつな)は天正10年高原郷の江馬輝盛と八日町で戦い、江馬氏を倒して飛騨を平定した。しかし、天正13年秀吉の命を受けた金森長近が飛騨に進攻し、旧姉小路氏の城を次々に攻略し、小島城も落城し、廃城となった。
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