
【現地への案内】
県道241号線を大垣から北上、池田町との境にある円興寺トンネルを出てすぐ
詳細位置はコチラ 
【駐車場】県道脇に駐車
【訪 城】2003年9月
【撮 影】2003年9月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
大垣方面から県道241号線を走り、円興寺トンネルを抜けてすぐ西側の山一帯。
円興寺トンネル横から円興寺道に入り、約10分ほどで峠に出る。ここから西(右手)に延びる尾根を辿ると広い三角形状の曲輪に出る、ここから北尾根を辿る。
岐阜県下一の城域をもつ城と云われるだけに、兎に角城域は広い。曲輪の削平状態も良く、かなり長期間機能していたのではないかと想像される。
曲輪間には堀切,土橋が多用され、土塁は見あたらない。これほどの広大な城を、誰が何の目的で築城したのか非常に興味を引かれる。
【城郭の歴史】
「新選美濃志」によれば、不破河内守が守ったとされる。その時期は「揖斐郡志」によれば天正元年(1573)あるいは天正2年ともいわれ、この河内守は不破光治を指すと考えられているが、裏付ける資料が無い。
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